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ギターを両手で弾くということ

 投稿者:武田徹  投稿日:2011年 1月29日(土)19時18分11秒
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  吉祥寺に新しくオープンしたコピスの前の空間は、伊勢丹時代もそうだったが、週末には屋外演奏がある。公園のパーフォーマーたちとは違って、出演交渉されて登場するのだろうが、今日のひとはソロのギタリスト。自転車で前を通り過ぎる途中で立ち聞いた範囲では、歌はなしでギター演奏だけだった。
いわゆる両手奏法。膝の上においてしまうので、もはや通常奏法とのハイブリッドは捨てている。右手はネックの上から弦を押さえる。
日本では押尾コータローあたりがブレークスルーになるのだろうが、ギターの奏法はここに来てカンブリア大爆発のように多様になった。ピアノがせいぜいプリペイドぐらいしか奏法上の実験が出来なかったとの大きな違いだ。
昔話をすれば、フォーク全盛の頃、ギター三本のグループがあった、それは、逆にいえばギターの音数が少ないことを示している。ピアノは理論的には10音の同時演奏が出来るがギターは6音に限られるし、実際には手指の構造の物理的な制約で全弦を同時に鳴らせるとは限らず、音は6音より少なくなる(前にポールサイモンが12弦ギターをよく使っていたことを書いたことがあったが、それも音数の少なさを埋める工夫だった)。加えて和音的にもペダルで前に弾いた音とかぶせることが出来るピアノと違って、運指の都合から物理的に出来ること出来ないことの制限が歴然とある。せめてハンマリングやプリングオンオフなどで装飾音を入れるとしてもコードの押さえ方によって出来ることのバリエイションが決まってしまう。
結果として音数が増えないので同時に複数のギターを使い、カポを入れてそれれにコードパターンを変え、装飾的な弾き方を多様に盛り込めるようにして音数の少なさの寂しさを薄める。そんな演奏法が求められてフォークグループは複数ギターという構成が普通にありえた(日本ではそうしたつましい努力がみられたが、一方でCSNYはギター4本になりえる構成だったものの、4WayStreetのA面などを聞いてもあまり音を重ねていなかった。オープンチューニングで同時に慣らせる音数を増やし、和音を豪華にして、あとはメンバーの存在感でなんとかしてしまうという力業のように思う)。
そんな欠点があったが故に、逆にそれを乗り越える試みもギターでは多くなされ、奏法爆発的な状況に至ったのだろう。ギターの両手奏法は、出会う度にぼくに「お前は発想をそこまでドラスティックに変えているか」と自問する機会を与える。抱え込んで右手でネックを握り、左手で弾く、それがギターだという常識を破る,そんな柔軟な発想をものを考える作業の中でお前はしているか、と。
自問自答を超えて,時には人様にもそれをいいたくなることがある。たとえばずいぶん前にiMacそっくりのPCをソーテックが出して意匠権問題になったとき、ぼくはまねが出来てしまうようなかたちしか作れない方が悪いと書いた。デザイナー垂涎のアップル様と国産のベンチャーメーカーの確執でソーテックの肩を持つ人は殆どいなかったのだが、ぼくにはiMacがそんなに優れたかたちだと思えなかった。ただ色目をかえて、丸みをつけただけ。キーボードはついているし、モニターはあるしという意味では新しさは全然ない。
その懸念は最近の中国のデザインぱくり報道にも感じる。尖閣の恨みを晴らすと言うことはないだろうが、鬼の首をとったかのようにガンダムそっくりな巨大ロボット展示物を批判する報道を多く見掛けたが、ガンダムなんぞにそれほどのオリジナリティがあるか? 所詮は巨大なヒト型であり、鎧風の装飾をつけてぐらいだったら誰でも思いつくものではないか。それをオリジナルだと強弁した日本の姿勢の方が後世の歴史に裁かれてしまいそうで心配だ。

 
 
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