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われらフリーター同志

 投稿者:武田徹  投稿日:2010年12月 8日(水)15時45分58秒
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  前に新妻先生の訃報を聞いた時に書いた「フリータ同志の・・」の話。その時点ではまだ情報が公開されていなかったのでなぜ書いているかがぼかしていた。
この前の礼拝で、そこで書いたことを少し膨らませて話したので、その時に準備した口述用原稿を改訂版として再掲しておきます。たぶん書かれている2/3程度を話したはず。

・・・・・

12月3日の礼拝を始めます。
まず賛美歌をご一緒に賛美したいと思います。
賛美歌240番

聖書をお読みします。
本日の聖書箇所は
ヨハネ福音書第八章31-32

イエスはご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉に留まるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」。

今日、私はお亡くなりになれた新妻昭夫先生の思い出を話そうと思います。

もう一年ぐらい前になるのでしょうか。大学から帰るバスに新妻先生と乗り合わせました。
新妻先生は園芸文化研究所の所長をなさっていて、担当の事務の職員とお話をされていました。
話がまとまらないようで、隣に座っていた私が意見を求められました。
といっても話の経緯がわかっているわけでもない。実りのある意見は言えそうもないので、私は自分のルールに従うことにしました。
それは教員と職員で意見が割れてどちらも正しいように思えたら職員の側に着くというものです。専門家であり、どうしても観念的になる教員と、現実を知っている職員。わたしは現場を知っている人の意見を尊重します。で、その時にそのルールに従って、職員の人の肩を持つような発言をしてみました。
そうしたら、その時の新妻先生のリアクションが印象的でした。新妻先生はぼくにむかってなんと「フリーター同士で仲間割れはやめようぜ」と言ったのでした。
ぼくは新妻先生を教員だと思っていて、教員と職員の話し合いだったので職員の方の肩を持とうとしたのですが、新妻先生はその論争が教員と職員の間ではなく、「フリーターである自分」と「勤め人」の間にものだと考えておられたようなのです。

もちろん新妻先生はここで「フリーター」という言葉を、世間で使われているようにアルバイトで生活をしている人という意味で使っているわけではありません。
新妻先生は確かに長くフリーランスで著述や翻訳などの仕事をしておられました。大学教員として定職を得た時期は49歳のときだったと聞いています。
しかし、それから既に10年以上は大学教授の職にあったわけです。それでも先生は自分をフリーターだと言ってはばからなかった。それは先生にとってフリーターというのは、「定職のないひと」ではなく、「自由人」と訳すべきものであり、自分は大学の教員であっても自由人なのだという思いをフリーターという言葉にこめていたのだと思います。

しかしフリーターを自由人の意味だと考えるとして、さて、自由とは果たして何なのか。これは改めて考えると案外むずかしいと感じます。
みなさんは自由を大事なことだと教えられて育ったはずです。
しかし人々は自由を本当に求めているのか。たとえば第一次大戦後のドイツは非常に自由を尊重するリベラルな社会でしたが、逆に当時のドイツ国民は自由が多く与えられていることに不安を感じ、自分を型にはめる権力を求めた。それがナチスの台頭を用意したと考えたのはエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』です。
自由を極めても問題が生じることがある。リベラリズムを究極まで究めて自由競争を徹底的に許容する、いわゆるネオリベラリズムの考え方は、競争の結果、不幸になるひとが出ても仕方がないと考える、血も涙もないものとして批判されます。
 こうみてゆくと自由という概念は案外と厄介なものだと分かります。
フロムだけでなく、アイザイア・バーリンとか自由を論じている人は多いけれど、なかなか議論はすっきりゆかない。

そこで、私は自由についてこんな例を通じて考えたらどうか、こんな思考実験はどうだろうと思うことがあります。例としたいのは自然薯という植物です。ジネンとは自然と書きます。薯は芋という意味の字です。自然薯、これは「やまいも」のことです。
なぜ自然薯と呼ばれるのか。諸説あるようですが、形が決まっていない、自然のまま、伸びるところは伸び、へこむところは凹み、一個一個全く別の形をしている。そんな芋を自然薯と読んでいるそうです。
この自然薯に「自然」というものと自由を繋げて考えるヒントがあるのではないか
自然薯は自然のままに育ちますが、勝手放題に実を結ぶわけではない。芋が実を結ぶ季節があるわけだし、固い岩盤に遮られたら、そちらにはもう大きくなれない。要するに環境の中で周囲と調整をしながら許容されるかたちに伸びる。
こうした「自然薯の自由」は、机上の空論ではない自由、人工的に作られた観念ではない、現実の自由のあり方を考えさせてくれるのではないか。
確かに何も制限がなく、なんでも自由になって、全てゼロから自分で決めなければならない。それを重い負担と感じるひともいるでしょう。事由から逃走したくなる気持ちもわかる。
しかし現実には私たちの生活はそうはならない。回りに人がいて、それぞれに生きているわけですから一人が自由に振る舞った結果、他のひとの自由を侵害するようだと困る。そこで調整が必要になるわけで、すべてが自由になることはありえない。しかしそこを強行突破して一部の人が無理に自由に振る舞うのがネオリベで、実際に周囲の人の自由を侵害しています。他者の自由を自分の自由と同じように尊重するとしたらネオリベはありえないわけです。
現実の私たちは環境の中に生まれ落ち、そこで育つわけですから、与えられた環境があり、人間関係があり、その中で出来ること出来ないことがあるし、やるべきことやるべきではないことがある。
しかし、ここが重要ですが、だからといって私たちが不自由だということでもない。自然薯がそうだったように、環境の中で調整を経つつも、個性的に自由に育つことが出来る。現実の自由とは、こうした「環境の中での自由」なのではないかと思います。つまり「自然薯の自由」です。

新妻先生は動物学者ですから、当然環境の中での動物の行動を観察されている。そこで私が例に挙げた自然薯の自由的なこと、つまり自然環境の中での自由について、お考えになっていたのではないかと私は想像します。これは新妻先生の研究されていた進化論や生物多様性についてのことと、先生の自由な生き様を総合して、私自身が勝手に想像していることです。もしそうしたことについてもお話出来ればよかったのですがその機会は来ませんでしたので、ここではひとり語りとして少しだけお話ししてみます。

新妻先生は京都大学の大学院でアザラシを研究対象されていました。北海道の大黒島でフィールドワークをされていました。ところが、あるとき崖から飛び降りたつもりが、着地に失敗して足を骨折してしまう。結果としてアザラシ調査のフィールドワークは、そこで一度中断せざるをえなくなります。「丘にあがったアザラシ研究者はノザラシ」だと友達に揶揄されていた話を先生は御著書の中で書いておられるが、怪我の功名で研究室で読書に明け暮れていて、その後の長い付き合いになる動物学者ウォーレスと出会うことになります。
ウォーレスは、ダーウィンと一緒に進化論を提起した学者です。進化論とは環境からの働きかけによって優秀な種が選択されるという考え方です。要するに一種の環境決定説であり、その意味では環境に生物が縛られていることになる。
そんな環境の支配の中で、生命はいかに自由でありえるか。新妻先生にとって、それが重要な間いになったのではないでしょうか。このウォーレスとの出会いの後、新妻先生は以前よりも旺盛に世界各国を歩きまわり、まさに自由自在という形容がぴったりはまる壮大なフィールドワークを長く続けておられました。
そして、ここ数年、新妻先生は先にも触れましたが「生物多様性」についてお考えになっていました。ダーウィンやウォーレスの議論はそもそも生物多様性に関わることでしたから、一貫して研究を深められていたとも言えるでしょう。
そんな新妻先生があるところでこんなことを書いておられました。
「生命とは何ぞやという哲学より、生きようとしているものたちへの共感のほうがずっと大切」。生物多様性の議論はそこから始まるのだと。
それぞれの環境の中で、それぞれのいのちが生きようとしている。そんな自然環境のあり方を肯定したいという新妻先生のお考えが、その言葉には結晶しているように思います。生物多様性とはそれぞれの生命が互いに相手の自由を尊重し、調整しながら、――それはもちろん意識的なものではないにしろーー生きていること、自然薯の事由を実践している自然の姿なのではないか。そう考えることで自由の問題を自然の問題とつなげてゆくことができるのではないか。

私が大学に勤め始めたのは新妻先生よりもおそらく5~6年遅れてのことでした。私も長くフリーランスで仕事をしていたので、キャリアとしては新妻先生と相通じるところがあります。新妻先生が懇意にしていた編集者、先の生物多様性の本を編集した編集者ですーーが、私の担当でもあったことから、大学の同僚になる前から実はお仕事ぶりはよく存じ上げていました。
しかし、話は冒頭のバスの中の会話に戻りますが、新妻先生に「フリーター同士、仲間割れはやめよう」と言われるまで、自分をフリーターとして、つまり自由人として自己規定することを忘れていました。私は大学に勤めて、組織の中で活動をしなくてはならなくなり、多少忙しくなっただけで、自分が自由人だと思う精神の自由をあっさり放棄していました。
バスの中の一件は、そんな私のふがいなさに気づかせた瞬間であり、その意味で新妻先生が私のことをフリーター仲間だと呼んでくれたのは、実は過大評価だったのですが、とてもうれしく思いました。そして、改めていかなる環境の中でも、自分らしく生きようとする自由な個人であり続けたい、今度こそフリーターであり続けたいと思いました。
しかし、「フリーター同士、仲間われはやめよう」というこの言葉は、新妻先生は実は私にだけにかけたものでもなく、その時に話していた職員を含め、誰にもに向けていたものではなかったか。学生のみなさんも、就職しようかしまいが、精神において自由人であるべきだし、教職員もみなそうです。
というのも自分の自由を愛し、同時に他者の自由をも愛すること、そして生きようとしているそれぞれの自由な存在に共感し、その自由を認めることこそが、生物多様性を確保した持続的成長、そして他文化共生に繋がって行くのでしょう。自由をそうした広がりの中で考え、実践して行けてこそ、私たちは新妻先生の教えを守ることができるのではないかと思いっています。
お祈りの代わりに黙祷をします。
 
 
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