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 投稿者:武田徹  投稿日:2010年 6月29日(火)22時19分15秒
  通報 編集済
  風邪を引いたのか3Q度超えの熱を出していて手を出すのが少しレンタル開始から遅れてしまったけれど、ヱヴァンゲリオン新劇場版破をDVDで見る。変わっているとは聞いていたが,予想以上に修正幅が大きくて驚いた。この作品らしい悪意は更にあくどくなっている。フォークソングをそれを知る世代に意趣返しで再利用するなら反語的だが、聞いたことすらない大半の受け手に最悪の文脈で使うことは、原曲を最も無残に踏みにじる作為だろう。
そして改めて感心するのは踏みにじるのは他者の作品だけではなく、一度完成した自分の作品を壊して作り直す力だ。毀誉褒貶の激しかったTV版最終回にしたって完成度は極めて高かったのだ。それをもう何度壊しては作り替えたことになるのか。
年長のクリエイターが自分の限界を感じるのはまさにそうした自らの歴史的な作品を作り変える力だろう。手塚治虫が『ナウシカ』をアニメから作り替えることになる宮崎駿の才気と執念に気付かされる前に死んだのは幸福だった。その意味でヱヴァを目前にさせられる宮崎は不幸だ。沈黙する宮崎に変わって鈴木敏夫はエヴァは巨神兵だったとか今更ながらのコメントをどこかでしていたが、そんなことしか言えないということなのだろう。
作家を夢見るような純情な文学少女の多くには想像も出来ないのだろうが、作家は作品から逃れたいからそれを完成させる。ぼくは『核論』を終わらせたい一心で終わらせた。完成させた後は手を離れた場所で他人に陵辱されて自分の怨念もろもと作品が朽ち果てれば、こんなに気が楽になることは実はない。ところが庵野秀明はそれをさせずに自作を自分で切り刻む。
新劇場版第三編は「急」ではなく「Q」なのだそうだ。ちなみにコミック版ナウシカが修了したのは1QQ4年である。
 
 
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