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なぜ熱帯は悲しいのか

 投稿者:武田徹  投稿日:2011年 3月 3日(木)21時31分21秒
  個人が集団の中で独りではなく、おのおのの社会が他の社会の中で独りでないのと同様に、人類は宇宙の中で独りではない。人類諸文化の虹が、われわれの熱狂によって穿たれた空白の中にすっかり呑み込まれてしまう時、われわれがこの世にいる限り、そして世界が存在する限り、われわれが接近不可能なものへと結び合わせているこの細かい架け橋は、われわれを奴隷化へと向かうのとは逆の道を示しながら我々の傍らに留まり続けるだろう。その道を、踏破できなくても、熟視することによって、人間は、人間にふさわしいことを彼が知っている唯一の恩恵を受けることができる。歩みを止めること。そして人間を駆り立てているあの衝動、必要という壁の上に口を開けている亀裂を一つ一つ人間に塞がせ、自分の手で牢獄に閉ざすことによって人間の事業を成就させようとしている,あの衝動を抑えること。信条、政治体制、文明の水準の如何を問わず位置づける、生によって掛け替えのない解脱の機会。それはーーーさらば野蛮人よ! さらば旅よ!――われわれの種がその蜜蜂の勤労を中断することに耐える僅かの間際に、われわれの種がかつてあり、引き続きあるものの本質を思考の此岸、社会の彼岸に据えることに存している。われわれの作り出したあらゆるものよりも美しい一片の鉱物に見入りながら。百合の花の奥に匂う、われわれの書物よりもさらに学殖豊かな香りのうちに。あるいはまた、ふと心が通い合って、折折一匹の猫との間に交わすことがある、忍耐と、静穏と、互いの赦しの重い瞬きのうちに。
クロード レヴィ=ストロウス『悲しき熱帯』川田順造訳
 
 

迷惑と責任

 投稿者:武田徹  投稿日:2011年 3月 2日(水)21時57分9秒
  「迷惑ってのはかけるものだから、迷惑かけないで生きていこうって思ってる時点でアウトだよ。ひととつきあうってことやセックスするってことは迷惑をかけるんだよ。そう思って生きていかなきゃダメだよ。それが人間関係なんだから。迷惑をかけないってことは殻に閉じこもって、自分の世界だけで生きてゆくってことで,無責任なことなんだよ」。松江哲朗『セルフドキュメンタリー』に引用されていたカンパニー松尾の言葉。松尾さんは日経トレンディでインタビューしたことがあった。バイクで取材現場に駆けつけてくれた。  

バイク

 投稿者:武田徹  投稿日:2011年 2月20日(日)11時51分11秒
  スクーターを売った。なかなか乗れないし、寒くなり始めた頃に動かしておいた方が良いかなと思ったら手遅れでバッテリーあがりで動かせなくなっていた。
こんなていたらくだし、4月以降はもう駐車場所を確保できるかどうかも定かではないので処分しようと思っていたのだが,、そのままになっていた。
ところが一昨日帰ったらかけていたカバーが風に飛ばされ、元に戻そうとしたときに、既に雨風で劣化して弱っていたのだろう、裂けてしまった。これからカバーを買い足すのもしゃくだし、しかし、そのままだと濡れてしまうし、いたずらされたりもするかもしれない。
そこで思い立ってバイク王に電話。車種と年式を告げると最高23万円だという。急いでいるというとすぐに翌日に査定&引き取りにきた。相当細かくチェックして、結果は5万円。さすがはバイク王だ(笑)。転んだこともないし、走行距離も5000kmに満たない。最高額が出ないはずがない条件だと思ったが、結果は最高額どころか最低額みたいなもの。まぁ、世の中、こんなものなのだろう。あれだけ大々的に広告を打って全国展開し、相当数の在庫もかかえざるをえないビジネスでは、相当仕入れ額を抑える必要があるのはよくわかる。ブックオフと同じ。
少し前までは、これこそ人生最後のバイクと納得できるものに乗り換えたいとか考えていたが、次はもうないのかもしれず、で、ゲタがわりだった250ccのスクーターが人生最後のバイクだったということになってしまうのだろうか。それでは、ちょっと不満が残るので、なんとか未来への宿題,継続審議(笑)にしたい。
こちらがバイクをいったんは降りる時期に、東本昇平の個人雑誌『RIDE』ではリバイバル掲載の『キリン』がいよいよ大詰めで、東名高速のガードレールに突っ込んでバイクごと相模湾にダイブする。これで最終回かと思ったがもう一回分あるらしい。再掲なのでエンディングは(変えたりしなければ)知っているので気が楽。バイクからいかに卒業するかというのはこの作品を書いていた頃の東本のテーマだったのだろう。
でも本人は今でもバイク卒業できていなくて、『RIDE』を始めて、むしろいつまでも乗り続けることについてテーマにし始めている。その意味では『キリン』のエンディングの書き換えもあるののかなと、確率的には相当に少ない方に期待してみる。
 

見果てぬ夢

 投稿者:武田徹  投稿日:2011年 2月19日(土)07時33分8秒
編集済
  GDPが中国に抜かれて三位になったと報じられて、色々語られたけれど個人的な気持ちは、抜かれて三位に落ちたばかりの国とは思えないということ。学生部長になってから学生の生活に触れざるをえない機会が増えていたが、どうしてこんなに大変な思いをしなければならないのだろうと思わされる学生と話す経験を少なからずした。経済的な事に関してもそう。GDP二位の座を明け渡したばかりの国のこととは思えない事例が多くある。しかもGDPに関して言うと中国の1/10の人口での二位明け渡しなのだと思うとなおさらである。月並みな言い方だけれど、格差は深刻であり、再配分が機能していないことを目の当たりにする。
その中の一人の学生にたとえば奨学金で手当をしようとしても、実際にはその程度ではとても足りないのだ。包帯が足りず、血が止まらない感覚に近い。この無力感、この焦燥感を踏まえてぼくはもう一度社会の方を向きたい。
夜が明けてきた。吉祥寺の朝マックで夜明けを迎えるはひさしぶり。夜明け前に駅まで自転車で出られたと言うことであり、それだけ寒さが緩んできたということなのだろう。現金なものだ。本に続いてCDも大量処分中で、iPodなどなかった頃のものをリッピングした。その中の一枚が映画『紅の豚』サントラ。懐かしくなってマックで聞きながら仕事をした。マルコポーロで満州に取材にいっていた頃これを聞いていたのを思い出す。ラストが加藤登紀子の歌う『時には昔の話を』。いかにも宮崎駿の好きそうな曲だ。加藤は満州と縁があるが、その時点ではそれは知らなかったはずだ(。あるいは藤原作弥さんから少し聞いていたかもしれないが、特段意識して聞いていたわけではなかったと思う)。加藤と満州のつながりを意識するようになったのは、後に彼女が母親とハルピンを訪ねるTV番組をみてからだった。その時には画面に映るハルピンの町並みがすっかり高層化されて前に取材にいった時と激変したのに驚いたものだ。最初の満州取材からもうすぐ20年近く経ってしまう。若い頃に思っていたほど多くの仕事が出来るわけではないとつくづく思う。歌詞ちょい引用(御免)。「どこにいるのかわからない友達も幾人かはいるけれど。あの日のすべてがむなしいものだと、それは誰もいえない。今でも同じように見果てぬ夢を描いて走り続けているよね、どこかで」。さぁてみなさんどこでどうしていますか。「あの日」「あのころ」は団塊世代の独占物ではなく、どの世代にもそれぞれの「あのころ」がある。団塊はそろそろ仕事をいかに切り上げるか算段している時期だろうが、ぼくらの世代は最後の仕上げにこれからかかる。「あのころ」をニーチェのいう愛玩的過去にしてもそろそろ許される世代(前からしてたように見えるけどw)と、批判的過去としなければならない世代の違いがあると思いたい。
 

書くこととコミットメント

 投稿者:武田徹  投稿日:2011年 2月16日(水)22時11分54秒
  「「書くこと」は自己の立場を明確にさせ、したがって自己をコミットすることである」。高坂正尭が『国際政治』の冒頭でそう書いている。なぜ高坂を読んでいるかについてはまた書くこともあるだろうからさておき、書くことはコミットすることだというのは今までの自分の経験でも頷けることが多い。
そしてその逆もまた真ではないかと思う。コミットするために書く。私の大学との関わりはもはやそのようなものになってきた。研究することは未だに自分の生業だと思うが、大学プロパーの研究者とは方法論が違う。教えることは大分しんどくなってきた。少なくとも「教えます」と身構えてしまうと教えられることがむしろ少なくなっている実感が学生と向き合っていると感じることが多く、そうであればどうすればいいのかというのは悩みどころだ。
しかし最後の最後に書くことがあるからこそ大学にコミットしていられる。経験を通じてそこにあるものの深さや浅さに触れ、それを書く。それが出来ているからこそコミットもし続けられている。
書くことは色々ありえ、たとえば今日は大学の公式ツイッターアカウントを作ってそのローンチのためにいろいろ書いた。最初はとにかくアクセスをふやしたいと思っていたのだが、プロフィールを書いているうちに、キリスト教主義の少人数制大学であれば、やはり愛神愛隣の精神をフルに発揮して平均的な日本の大学からいかに離れて、そこでなら共に学べる仲間を迎え入れるべきだというかねてよりの持論が書きたくなってしまった。
たぶん摩擦があるだろう。障がい者の数をもう増やすべきではないという意見をよく聞かされる。確かにノートテイクの確保など受け入れ体制が十分ではなく、教育の責任を果たせない以上、短期的にはそうした措置も必要かも知れない。しかし体制の不十分さは出来るだけ短い期間内に整備し直されるべきであり、再び受け入れの上限は解除されるべきだ。
そして、その果てに障がい者が過半数を越える日が来ることをぼくは夢見る。障がい者がマイノリティでなくなったとき、その時にこそ共同体は変わるのだと思う。そして小さな大学に始まったその変質が社会の中に波紋を広げて行くとき、キリスト教は当たり前を顧みさせる社会批判的な役割を社会の中で果たせたといえるのではないか。

学園創設82年目となるキリスト教主義大学の公式アカウントです。「いのちを育む」大切さを知るため新入生全員が野菜作りを経験したり、多くの留学生や、 障がい者とも一緒に「共生」の尊さとその可能性を楽しく学ぶ、ひと味違う?大学がお届けする「恵泉なう」。学内外のニュースや、教員、学生の活動をつぶや きます。フォローよろしく!


筑摩書房70周年パーティがあったことをいろいろなひとのツイートで知る。案内状が来ても億劫がって出かけなかったとは思うが、案内状すらこなかったことに、もう筑摩には生きている版が残っていないという事実を改めて実感する。
 

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