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川を渡る

 投稿者:武田徹  投稿日:2012年10月12日(金)12時58分28秒
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  調布の駅の手前で1998年発表のムーンライダーズのアルバム「月面讃歌」の再生をはじめる。そのつもりはなかったのだが、電車が地下から地上に出て、高架線を走り、多摩川の鉄橋を渡る時、オープニング曲「Sweet Bitter Candy」の歌詞と景色がシンクロして、我ながらびっくりした。「Candy 夜が明ける ゆっくり大人に なってゆく僕ら 何かを決めなきゃね アルプスが 遠くに見えたような 気がして電車に乗って河を渡る(鈴木慶一作詞)」。
このアルバムが出たのは1998年、手に入れたのはもっと後だった。ただ、この曲自体は矢野顕子や大貫妙子らと一緒のツアー『Live beautiful songs』の中で奥田民生と鈴木慶一が歌っているのを聞いたほうが先で、98-9年ごろだったんじゃないか。
最終電車を乗り過ごしてしまった男の子が夜明かしをする歌で、「電車がなければタクシーで帰ればいいじゃないの」とマリーアントワネットのようなことを平気で言える大人の世界ではない。若者は終電を逃して、特に女の子と二人だけで深夜の街に残されてしまうといろんなことを考えたり、思ったりしないといけないものなのだ。鈴木慶一は(白井良明かも)それを50近くになって書いていたのだから、すごいと思う(その少し前の「ムーンライダーズの夜」コンサートの後に雑誌編集者と一緒に飲むというライダーズファンとしては天にも登る経験しているが、その時だってタクシーで帰っていた。当たり前)。
その曲を最初に聞いた当時のぼくは法政の多摩キャンパスに週一回通っており、中央線が多摩川を渡るあたりでいつもこの歌詞を思い、恥ずかしながら毎度、胸がきゅんとするw感もあって、あ、自分はゆっくり大人になれなかったんだなぁと苦笑させられていた。
そして、それから更に10年ぐらい経って、やはり多摩川を渡る瞬間に、音楽と景色がシンクロする経験をし、その頃のことを懐かしく思い出していたし、いまだに同じように感じる心が自分に残っているのに半ば呆れつつ驚いた。作詞した頃の鈴木慶一と同じような年齢になってなお歌詞に感応してしまう自分は、未だに大人になれていない立派な出来損ないである。でもねぇ、「オリオンの真ん中で並ぶ星が 僕らの遙か昔から光ってる いつの日か 甘い星くずポケットにいつでも持ってるような人になるよ」っていう歌詞は、そんな大人になりそこなった人間を励ましてくれている感じもする。そんなムーンライダーズももういないのだ。鈴木慶一が決めなくてはならなかったのはそのことだったのだろうか。もう既に遅すぎたんだから、いっそのこと決めないで最後までいっちゃう人生もいいように思うけど、そういうものでもないのか。
 
 
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