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さびしいのは誰か

 投稿者:武田徹  投稿日:2010年 3月11日(木)14時08分7秒
  桐島洋子『淋しいアメリカ人』を読む。取材での訪米ではなく住んでみたところは本格的な参与観察的で、実際、内容の密度、強度は好奇心旺盛な著者の資質や取材力、表現力だけでなく、対象となった時間空間の広がりを濃縮した結果でもあるのだろう。少なくともこの作品に結晶する範囲では著車が「恋愛をしないひと」であるところも参与観察者にふさわしい。
  フリーペーパーの三行広告欄を使った情報収集方法は、今にして思えば不特定多数の匿名者を相手どる取材方法としてネット時代を先駆けていたようでもある。ネット時代には実名証言を基本とすることで裏とりの可能性を担保して検証反証に道を開く既存のジャーナリズムの方法が通用しなくなる。そんな条件でいかにジャーナリズムの信頼性を維持するか。それは僕が「デジタル社会論」で議題化した通り。
そんな観点から読み返すと、ここで扱われている「淋しさ」は60年代の価値観変動期を経た特殊アメリカ社会史的な寂しさというよりも不特定多数でいることを個人化の過程でしいられた近代化、情報化過程で生じる、より普遍的な世界史的な寂しさの萌芽だったのかもしれない。不特定多数の海原から全く偶然の糸をたぐるようにして忽然と現れ、刹那の接触をしてまたどこかへと消えて行く新しいアメリカ人を相手にしている著者もどこか淋しい感じだし、それは今の私達の寂しさを先駆けていたようのも感じてしまうのだ。出会いの偶有性を巡る描写として読むことがこの作品の価値を今に蘇らせる。
 

誰も書かなかったソ連

 投稿者:武田徹  投稿日:2010年 3月10日(水)11時14分31秒
  鈴木俊子『誰も書かなかったソ連』。駐在特派員の妻としてモスクワ生活をした経験の記録。巻末の物価表が象徴するように生活感覚溢れるエッセーだ。読んで行くとそう激しい性格ではなさそうだが(海外経験中の武勇伝を聞くことが多いので)、それでも子供と生活を守るためには主婦は日々戦っている。胸ぐらつかむところまでは行かないが、官僚や、すっかり働かなくなっている公務員相手に、逃げないで自分の正当性を主張して交渉をし続ける。細部まで書き込まれた描写が巧みだ。文章のうまい女性を妻にした記者の気持ちを想像してしまう。特派員名は匿名になっているけれど当時は公然の秘密だったのだろうか。最初の版元はサンケイ新聞社ではあるが。
文章のうまい女性は、新しい環境に生き、その経験を公開する機会が与えられればいいエッセーを書く。それは今も昔も変わらない普遍的な構図だ。しかしモスクワからの報道は大文字のものばかりだったのでその意味でこの種のエッセーは当時でも貴重だったし、ソ連が亡くなった今となっては共産主義社会の末期状態を示すものとしてなおさらだ。アナル学派との連関などで言及されることはないのだろうが、民衆史の書き手として女性は注目に値すると思う。エッセー? そう、今なら間違いなくノンフィクションとは呼ばれないだろう。
 

戦記からノンフィクションへ

 投稿者:武田徹  投稿日:2010年 3月 9日(火)09時46分49秒
  『死の島ニューギニア』を読む。大宅ノンフィクション賞の第一回受賞作品だが、タイトルこそ変わっているものの今でも文庫で読める。戦記ファンのおかげだ。
初期のノンフィクションを読んだとき常に感じる物語性のゆるさはここでも感じる。病気と闘い、食糧を持たずに虫まで食いながら熱帯のジャングルを生き延びる転進中の極限状態を描いていたと思うとかりそめの滞在をした村での原住民との交流シーンが挿入され、それもどこか民族学者的まなざしでの記述になる。こうした記述の凹凸はドラマツルギーを欠くが、日記とは本来こんなものだろう。逆に言えばこうした日記的記述を失うことで日本のノンフィクションは「そのように」構築されてきたということか。
 

定期刊行物に書くと言うこと

 投稿者:武田徹  投稿日:2010年 3月 7日(日)07時24分51秒
  NAVIのデータがほんの少し違っていたことに触れたとき(Twitterだったか、こっちだったか?)に訂正が出せないのが休刊号ということなのだとも書いた。その時にひとつ連想が働いていて、それはジャーナリズムの定義ということだ。
あまり取材系の仕事をしていないのに未だにジャーナリストの肩書きが出ることに関して、素朴な学生さんは疑問を持つようで、ジャーナリストってなんなおですかと聞かれることがある。この人たちの働くオジサン観は毎日出社してデスクに向かってというイメージを超えないので、何時働いているかわからないオジサンはそもそも意味不明なのだろうが、一応、古今のジャーナリズムの定義などを話してみる。その中で鶴見さんが、定期刊行物であることを、ジャーナリズム・メディアの必要条件に挙げていたことに触れた時、そうかと思うことがあった。定期刊行物とは訂正できるメディアなのだ。ジャーナリズムが可謬的である以上、訂正に開かれていなければならない。訂正に開かれているためには定期刊行メディアでの展開が要請される、そんな構図もあったのかもしれない。
 

 投稿者:武田徹  投稿日:2010年 3月 6日(土)08時55分51秒
編集済
  中津燎子著『なんで英語やるの?』
 もはやノンフィクションとして名が挙がることのない一冊。それだけ今のノンフィクションの常識とは遠いということか。米国経験を経て帰国し、英語塾を始めた著者の経験を書いた作品。日本の英語教育、英語観における音に関する根本的な誤解の指摘から始まって教育観、日本社会観にまで広がってゆく。
 かつて著者に英語発音を覚えることの困難と重要さを教えたのは日系人J.山城という人物だった。日本人が発する音そのものが英語ではないとして、発音だけど何時間も著者を指導した彼の一言「私は日本の人が間違いだらけのひどい英語を使うのを非難しません。正式に習得しなかったからね。しかしそれを、アメリカ人達が称賛しうけ入れるふりをして、裏面では、首をすくめて馬鹿扱いにし相手にもしない事が最も不愉快です。わからなければわからない、と言えばよいのです。そして又、それにだまされている日本人も不愉快です」
 日系人ならではの経験の厚さを感じさせる言葉。今、特に小学校から英語を、と言い始めている人たちに読ませたい。
 というわけでなかなか注目に値する内容ではあるのだが、地方の一私塾経営者の経験談に大宅賞を与えることはあったということ自体が今にして思えば奇跡のように思える。更に遡って言えば私塾経営者の経験談が、非常にナチ有る内容であったとしても書評家はそれを発掘できるか。本のあり方が、本というメディアのシステムが今と違っていたのだろうか。
 

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