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学園祭

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年11月 7日(土)06時25分34秒
  学園祭は責任者になるので準備日から大学に詰める。チアの練習をして,終わった後も打ち合わせをしていたのだろう最後の学生が帰ったのを確認して10時ごろに帰宅(他の教職員からみれば遅くまで大学にいたことになるが、理系の共学の大学でいえば、10時など宵の口もいいところだろう)。翌日は4時に家を出てマックで仕事。大学に出てしまうともう自分の仕事は出来ないのでこうして時間を使うしかない。大学近辺に泊まってしまっても良かったのだが、連れとも永遠に一緒にいられるわけでもないのでなんとなく一日分損をするようで無理して家に帰った。おかげで睡眠時間があまり取れない。
でもこちらだって永遠に仕事が出来るわけでもないので時間は無駄に出来ない。立花さんが駒場を焼けるときの最終講義をテレビでみたけれど「人生は切迫している」と述べていたのを覚えている。限られた時間の中ですべてをむさぼりたいという欲の深さで立花さんに負けたくない。人生は切迫している。とても切迫している。勤勉であり、寛容であり、誠実であり、いろいろであり、矛盾もありでたいへんだ。
仕事の励みになるかと思って昨日多摩センターのツタヤでフライドプライドのCDを借りておいた。JWAVEにゲストで出て生演奏していたのだが、ギターがすごかったので。両手で弾いているのかな。スタジオ録音音源ではあまり両手っぽくない。ライブ映像をユーテューブで探してみたくなっているが、それはワープロとモニター画面利用で競合するのでLANの繋がるマックであっても仕事モード中は出来ない(こんな掲示板原稿作りも競合しますが)。
今日から学園祭本番。おとといはパンフレットのミスプリを大人げなくひどい剣幕でしかりつけた教員がいて、ファスティバル委員の子は泣いたそうだし、昨日もテントの設営でミスって泣いた子がいたらしい。ぼくは直接目撃していなくて報告だけあがってくるが、この年頃の女の子は、あるいはうちの大学に来るような子はすぐ泣く、よく泣くようだ。本番は無事に終わらせて感動の涙にしてほしいもの。
 

レヴィ=ストロース

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年11月 5日(木)22時23分13秒
  レヴィ=ストロースの訃報を少し後れて聞いた。
構造主義の影響は個人的には相当に強いと思うが、主にロラン・バルト経由だ。レヴィ=ストロースは『野生の思考』はさすがに読んでいるが、それを使って何かしたわけではなく、単なる読みすがりであり、特に詳しいわけではない。
むしろ本以外の記憶の方が強くて、世界都市博の広報委員をしているときに、彼に話させているPR用ビデオを見た。そのときはまだ80歳ぐらいだった計算になるのだろうか。その後、愛知万博のPRでも起用していたように思うし、これは雑誌掲載の論文だが狂牛病の時のカンニバリズム原因説は印象的だった。これらはいずれも80歳から先の仕事と言うことになる。加齢で劣化しにくい健康な遺伝子の持ち主だったのだろう。
ひとつ確かめたいのは『親族の基本構造』はブルバキグループの一員であったアンドレ・ヴェイユ(シモーヌ・ヴェイユの兄)の協力を得て群論を使って構造分析しているが、それ以後は協力を失ったたためにそこまで高度な構造分析が出来なかったとか。理論が後退したケースのようだが、個人的にはフォローできていない。群論を使った構造分析に比べてしまうと後期のレビ=ストロースだけでなく他の構造主義者の仕事、たとえばバルトなどはいたってシンプルだが、それでも若い日の自分としては大いに感心していたのだから、訃報に触れたこの機会に今度こそ『親族の基本構造』をきちんと読んでみたいと思う。構造主義には数学をもっと駆使できる可能性があった。不発におわったプロジェクトが多く残っているのだと思う。その正常進化があれば、あるいはポスト構造主義は全く違ったものになっていたかもしれない。
工人舎PAの発売日なのでヨドバシを覗いてみたが展示がない。店員に聞いたら奥から持ってきた。ディスプレイ用が入荷していないのだという。しかし実記はともかく広告掲示すらなかった、発売日なのにおかしな印象。頼んでさわらせて貰ったがPMより一回り大きくてごつい(どうにもセンスの悪いデザインのせいでそう感じてしまう面もある。)。それでいてキーボードの打ちにくさは同じなので萎えてしまった。
 

筑紫シンポ

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年11月 3日(火)15時53分3秒
編集済
   土曜午後、久しぶりに東大。福武ホールで「筑紫哲也没後一年」のシンポジウム。申し込みをすっかり忘れていたのだが、知人が招待してくれた。感謝します。
 去年はシンポジストとして壇上に出て、そのときは読売共催だったが、今度は朝日である。さすが情報学環と感心する。自分で壇上にいたときにはわからなかったが、客席だと「内職」が出来て、パソコンを開くとモバイルポイントで無線LAN接続できることを知る(しかしiPhoneでは違うidが表示されて接続できないが、どうなっているのか)。で、御招待いただいたのでお礼をかねて考えたことなどを同時報告。
 共催者としての朝日のひとの挨拶や、去年に続いて登壇の立花さんの発言にも共通して強調されていたのは報道の使命は力の強い者への監視の役割を果たすべきだという主張であり、筑紫さんはそれをしたということ、パネリストの外岡秀俊氏も「力の論理よりも論理の力」というワレサの言葉を筑紫氏が紹介していたことを繰り返す。
 しかし、論理の力を展開できるような論理空間を戦後のジャーナリズム,特に朝日のようなマスジャーナリズムは用意してきただろうか。短い記事。日付をまたいで議論を継続させる姿勢の乏しさ。それは論理空間を、論理的な力の出しようもないほどに狭め、スクープの短信による迫力で世論を支配する力の論理の行使に傾斜させてきたのではないか。
 論理の力は用意したくても出来なかったのではなく、本音の部分では用意したくなかったのではないか。論理の力よりも力の論理を指向したのではないか。
 一部のシンポジストの田中秀征氏は二大政党は腐敗するという。つまりはホテリング効果だ。しかし二大政党制的なものとは与党政権とマスジャーナリズムの関係もそれではなかったのか。似てしまうのだ。
 個人的には、そうしたぬぐおうにもぬぐいきれずにまとわりつく権力の衣から逃れたいとある時期、本気で思った。端的に言えばジャーナリスト教育など成り立たない場所に行きたかった。しかし、どこにいっても小さな権力のせめぎあいがある。そんなことは当たり前なのだが。
 

蜜柑

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年11月 1日(日)08時42分7秒
  金曜は母校の会議を経由して新大久保でネットラジオ収録。「朝生」初体験をした赤木君はどこかにまだ興奮が残っているような感じ。
週末は、富士は紅葉で混んでいるようなので珍しく湘南。西湘バイパスを降ると至るところにみかん刈りの広告がでていて、ああ、そうだったと思った。そういえば随分前にこの季節に、こっちの方に来たのだ。記憶を辿ってみるとちょうど一週間遅いぐらいで殆ど同じ日時だった。その時にはそれこそ広告に吊られてみかん山にのぼってミカン刈りをしたりしたのだが、どこか夏の終わりの気配が残っていたような感じがしていたが、一週間で季節は境界を越えるのだろうか、今は冬の入り口に立っているような印象がある。
前は半島の中央にいたが、今度は伊豆半島の手前の、相模湾を望む場所にいる。昼間は晴れていたので遠望が効いたが、夕方になると烟ってきて山の稜線がかすみ、海も曖昧に空と融け込むようになる。
東海道本線そいのこの地域は山が迫っていて市街地が広がらず、東名道や新幹線が通ってしまってからは一段と東海道ベルト地帯の発展から置いてゆかれた感じだ。ミクロにみても最も海岸沿いの舞鶴自動車道はまだ伊豆半島を含む観光需要もみこめるが、内陸を山の稜線を縫うように走る測道になるとどこか地方年の山間の道のようだ。根府川の駅など東海道の語のイメージとは全く裏腹の良い味を出している。
大昔にターザンの取材でこの駅で待ち合わせて湘南在住の編集者のRX−7で取材先に向かったのを思い出した。ガチガチに固めたサスの乗り心地に驚いた記憶が蘇る。その後のことを思うとマガジンハウスの編集者がまだ国産のスポーツカーに乗って自慢できたういういしい時期と考えるべきか、更にその後を思えば、雑誌編集という仕事にプライベートライフを充実させつつ関われた、古き良き時代だったと言うべきか。
 

腹筋1000回

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月30日(金)06時31分6秒
編集済
  火曜日、高校の同窓会の役員をしている関係で、今度同窓会HPを立ち上げたので、その打ち上げとして同期のOBと会った。ぼくは何も手伝っていないのだけれど、一応、同期の担当だったので慰労会にご相伴させてもらった。
そこで出た話だが、筋トレにこっている同期生がいて、一日一回から腹筋トレーニングを始めて毎日一回ずつ増やしていったら、ついに1000回になってしまってさすがにそこで止めたのだとか。
笑い話のたぐいなのだが、自分たちの出た高校らしいと思った。運動部の練習後に英単語400ぐらいを強引に記憶して、翌日の単語テストをきっちりクリアするとか、相当の猛者がいた。記憶力などの能力だけでなく、集中力があるし、自分を集中させる意志の力、自制心にも長けている、同年齢なのに感心してしまう同級生が結構いたのだ。今から思えばたった17,8歳の子供なのにそんなことが出来ていたのだ。
一日一回ずつ増える腹筋トレが1000回に増えるまでまで続いてしまうというのが、まさにそうしたキャラクターの産物なのだと思った。もちろんうちの高校が特別に、ということではなく、学校群時代なので当然、同じ学校群の西高にもそういう生徒はいたのだろうし、他にも同レベルの都立高校や、もっと優秀な生徒がいただろう私立校にはそういう高校生が多くいたのだろうと思う。
東大でジャーナリストコースをやっていたときに現役の東大生や早大生あたりに接すると、同じような感じがした。しかし最近、そんな感触を長く感じていなかったことを改めて思う。
1000回も腹筋したら時間もかかるだろう。同じ腹筋を鍛えるとしても無味乾燥なトレーニングではなく、もっと楽しみながらできるのもあるわけで黙々と同じ筋トレを続ける必要もない。しかし始めちゃうとやめられない。なにより自分の怠け心に負けたくないのだ。で、一応きりのいいところまでやろうということで続けていて、その「切りの良さ」が1000回だったというのがうちの高校らしい。呆れてしまうけれどなかなか出来ることでもない。

水曜日、ドゥルーズ論を読んでいてリルケ「五月の薔薇」が出て来る。
薔薇 おお 純粋な矛盾 よろこびよ/このようにおびただしい瞼の奥で なにびとの眠りでもないという  (リルケ 富士川英郎訳)。ついでにドゥルーズでは頻出でうんざり気味のポー『盗まれた手紙』の中にこんな部分があった。

デュパンが言った。「D――だってまんざら馬鹿でもないだろうと思う。とすれば、そんな待ち伏せされることなんぞは当然のこととして、予期していたにちがいないでしょうよ」
「まんざら馬鹿ではね」とG――は言った。「だが、あの男は詩人ですぜ。詩人なんてものは馬鹿とほんの一隔てだとわたしは思っていますよ」
「いかにも」デュパンは海泡石のパイプからゆったりと、考えこんででもいるように、煙草のけむりを吹き出してから、言った。(青空文庫版)

詩人は馬鹿とほんのひと隔てというのがいい。イコールじゃない、紙一重ってことで希望もあったりするし、まぁ現実はおそらく言うまでもないことで。

木曜日 ふと思い出してソニーがむかし展開していたクオリアというシリーズがどうなっているか調べてみた。WEBは残っているが生産終了ばかりだった。立ち上げ時には話題になったが、とんでもない高額商品でそれだけだして裏切られない持つ喜びがあり、「長く愛される」電子機器を目指すというイメージで売り出されていたように記憶するのが、期待通りにはゆか、むしろ普通の安価なラインよりもロングライフにならずに消えていったことになる。クオリアと言えばいわずもがなのあのひとのコンセプトだ。このシリーズの立ち上げにも関わっていたはずだ。脳ばかり気になる,脳現象として社会現象を説明する「脳化する社会」、あるいはその変異形として心理学化する社会、というのはどこか不健康な感じがする。脳より腹筋、って、もちろん腹筋だけだに偏るとジムによくいる脳まで筋肉化しているようなひとになっちゃうが。
 

三八度線攻防

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月22日(木)22時28分27秒
編集済
  火曜の朝、のどが痛くなったので悪くなる前に薬でおさえてしまおうと思って近所の病院の外来に行ったら、熱を測られて37.6度ぐらいあった。発熱となれば今はインフルを疑われるにきまっていて、医者はいつから熱が出たとしつこく聞く。計っていないんだからわからないというと、じゃ、のどが痛くなったのはいつからだと畳み返して尋ねられ、今朝からかなと応えると「それじゃインフルの確定検査できないな」と明らかに悔しそうに言うのだ。
一応、そこで解放されたが、三八度越えたらすぐに来るように念を押される。三八度の攻防かと思っていて、そうだ、ハルバースタムの新作が朝鮮戦争物なのでそれを取り上げるエッセーを書こうと思いつく。ネタが決まらないままに締め切りが迫っているのに熱まで出ちゃってどうしようと思っていたのだ。
三八度線のチェックのために体温計持って移動していたが(ちょっとしんどかったので都心の会議までタクシーで出かける)昼間はずっと三七度台。ただ夕方には平熱に戻った。結局北朝鮮軍や国連軍のように三八度線は越えなかったのでインフルではなかったのだと思う。
水曜、授業と会議の空き時間でハルバースタムを読んで書く。平熱ではあるがまだのどは痛い。リンパ腺が腫れる。普通は腫れた後に熱が出るように記憶しているが、熱が引いた後に腫れ始めるというのはいつもと順番が違うような。ぶり返さないといいのだけれど。夕方になると風邪の治りかけの時期はいつもそういだがやはり頭痛がする。ただ最近は肩こりの延長で頭痛が持病化しているのでどっちだか分からない。
木曜は授業で戦後左翼を話した後、会議日なのでずっと拘束される。最後には頭が痛くなっていたがこれはもはや風邪のせいではないな。
帰宅後、偶然見たTVのなんだか知らない、みのもんたの出ている番組を見ていて知ったのだが、奈良では巾着きつねといううどんが人気なのだとか。きつねうどんはうどんの上にきつね=油揚がのっているが、油揚を巾着にしてその中にうどんをいれてしまう。内外の逆転だ。前に村上春樹の1Q84評をかいたとき「宇宙の缶詰」を引いたが、感想自体はずいぶん聞かせてもらえたけれどm誰もそれについてコメントしなかった。内外の逆転というのは、更にそれを宗教の本質だというのは、理解不能だったのだろうか? 例を巾着うどんにしても分からないだろうけど。
モーニングはディアスポリス最終回。最後の方はやや作り込みが薄くて惜しまれたが、全体を通して楽しませて貰いました。二人組の「私設」警官という設定や独特の脱力的情けなさは「傷だらけの天使」の引用があったのかなと思ったりした。細かく見てゆくとなにか発見できるかも知れない。ただ今の読者世代にはこれも理解不能だろう。これまた宗教の内外逆転の例になるかも知れない元牧師のヤクザ伊佐久を、死んだはずだった前回までを裏返して最終回に再登場させたのはキャラクタへの愛着が優ったか。この物語は最初は悪役でも殺さない設定でそこも魅力だったのだが、途中から結構重要なキャラを次々に殺すようになっていたので原点回帰なのか。
 

You may dream

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月19日(月)19時50分37秒
編集済
  ぼくに初めて雑誌で署名記事を書かせてくれた編集者は大学の先輩だった。直接知った間柄ではなく、まだ何も仕事をしていない時でこちらの実力を計る材料もないわけで、間に入ってくれた人が紹介してくれたときに、同窓だということがたぶん重要だったのではないかと思う。そのひとは先輩ではあるけれど中退で、大学時代の話をしてくれたときに、中野に下宿していて大学にゆこうと駅にゆくと、三鷹方面ではなく、新宿方面の電車に乗ってしまうんだよなと笑いながら言っていた。都心の誘惑に勝てなくてという意味合いで話してくれていたんだろうけど、今にして思えばそれは鬱の初期症状だったのではないか。その編集者はぼくが働きはじめてしばらくたって鬱で休職する(ぼくのせいだと『噂の真相』の覆面座談会で言われたこともあったが、それは事実無根だ)。大学時代からその傾向があったのではないかと思うのだ。仕事復帰されて、この前、会社の役員もやめるということで引退パーティーをしていた。お遍路に出たなんてメールが来て驚かされたがお元気だと思う。
大学で何かをさせられるよりも、都心の繁華街でなにをするでもなく時間を過ごしたい、そんな気持ちになることはぼくだって頻繁だ。何とか自分を駆り立てて無理矢理に望まぬ方向に足を向けている。たぶん殆どの人が似たようなことをしているのではないかな。世阿弥は自分の心を制御するというのは、「制御する心」と「される心」のふたつがあることになるのでおかしいと書いていたが、本当にそれが出来ているかどうかはともかく、自分の精神それ自体を相手に何か働きかける(かのように思う)ことが出来るか出来ないかで、生き延びられるか、られないか、結構大きな違いになるようにも思う。
加藤和彦が自殺した。鬱に悩んでいたのだという。六〇過ぎまで何かを作る仕事にいるのはつらいだろう。若い頃は汲んでも尽きなかった井戸が、いつか枯れてしまうのだ。豊かな井戸のようだった才能の持ち主ほどしんどいのだろう。
景山民夫がどこかで書いていたのだが、ロンドンにいたとき、加藤に呼び出されてゆくと、執事の服装が用意されていて着ろという。なんだろうと思うと今度はクルマを運転しろと言う。言われままにクルマを走らせるとロールスロイス屋に横付けさせられた。要するに執事を雇える貴族のふりをしてRRを買いに行くのに景山はつきあわされたのだ。そんなことをエッセーにおもしろおかしく書いていた景山も死に、加藤も死んだ。フォークルは姉の世代の音楽だし、ミカバンドは高校時代に同じ学校群の西高の連中がコピーして演奏していたが、あまりなじめなかった。編集者とバンドを組んだとき、ユウ・メイ・ドリームはやったな。素敵な夢を見ていいんだよ、って、夢見る女性を許し、支える、思えば優しい歌詞だった。
 

末広がりストロー

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月18日(日)10時46分18秒
編集済
  先割れスプーンというのは学校給食時代に経験済みだったが、先広がりストローというのもあるんだというのをプロントで確認した。ガソリンスタンド併設のプロントに立ち寄ってアイスココアを頼んだら先がスプーンのようにひろがっていて、しかしストローとして吸い飲みも出来る物体が付いていた。少し厚めのストローとして生産し、先頭部を切り裂いてスプーン状に整形しているようで、余計な工程は僅かで作れるアイディア商品化なのかも。アイス系の、しかもスプーンが必要な系統のちゃらい飲み物を頼まなかったからぼくが遭遇しなかっただけで前からあったのだろうか。
締め切り二本でたいへんかと思ったが朝イチでコメダ珈琲に行き、作業したら案外と早く目鼻がついた。しかし日曜朝のコメダがこんなに繁盛しているとか知らなかった。満席ですよ。メニューはモーニングセットという設定ではなく、珈琲を頼むと普段と同じ値段で朝だけはトーストとゆで卵までついてきてしまうというあまり資本主義的ではない名古屋方式。それが受けているのか、案外と豊富な食べ物メニューが人気なのか。家族連れが多く、仕事系の滞在は気が引ける。で、途中で三鷹図書館を経由してプロント。
 

still wrong

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月17日(土)22時29分30秒
編集済
  曜日とかが表示されるiPhoneの最初の画面で日付の下のI do still wrongと出て、確かに悪いことばかりしている自覚はあるので(笑)びびる。
アメリカの中華料理屋が食後にくれる占いの入ったフォーチュンクッキーみたいなものかと思ったが、すぐにIpodで再生中の曲目なのだと気づいた。粥川さんもお好きなようなTOEのBook about My Idle Plot Onの何曲目かだな。曲目を覚えないので突然表示されると我が身を思ってしまう。
ちょっと疲れてきたのか集中力が落ちている。こういう症状になると沈静系の音楽を選びたくなる。グールドの最後(から本当は二番目らしい)のゴールドベルク協奏曲、ドビュッシー、TOEのようなミニマル系・・・・・。あとtenorionの亜流みたいなソフトがiPhoneには結構あるので、無料のを落として,適当に音符をちりばめて演奏させてみると案外環境音楽っぽくて良かったりする。しかしtenorionはなぜ和音が濁らないんだろう。波形の問題か、平均率とか純正率とかは関係あるのだろうか。濁らないのはいいのだが、シークエンスが短すぎ。自動的にちょっとずらして重ねていったり出来るといいんだけど、さすがに数回反復すると飽きちゃうので、あてずっぽうで音符をのせてゆく。フリーッパトロニクスみたいだ。あれはテープが長大なアナログエコーマシンだったが。だんだん音が飽和していってうるさくなってやめてしまう。有料アプリだともっとシークエンスが長くなったり、複雑なことができるのだろうか。
tenorionまで至り着いたのは最近だが、あれやこれやで音楽に助けられてきた。若い頃はそう思わなかったけれど年齢を重ねて振り返ってみるといったいどれほどの音楽を聴いてきたことかとしみじみ思う。ギガバイトで数えちゃうと案外少ないのだが、鑑賞時間総計は相当になる。音楽がなかったらここまでこられなかっただろう。
iPhoneは「その手があったか」のアイディア製品であるエザンスのストラップをつけたので、ストラップホール無しのケースでも使えるようになった。で、Let'sNoteと同じ色調の朱色っぽい赤にしてみる。どちらも赤と黒ツートン。しかしそろそろ買い物の虫が騒ぎ出して、新しいVaio-Xが欲しくなってきてしまったのだが。
家人がパリ(か、フランクフルトのどっちか。移動日がそろそろのはずだが、余り定かではない)なので一人ぼっちの週末だ。I do still wrong ってことはないか。
 

チキンレ−ス

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月17日(土)12時28分52秒
  月曜朝、成田空港まで見送り。三連休の最後の日の朝なので道がすいており、家から1時間で着いてしまう。空港でいつもの不思議に思うのは、これからけっして短くない時間、飛行機に乗るのにスーツ姿という男性が多いことだ。空港に降りてホテルで荷物を解く暇も無しに商談なのか。それなら仕方がないが、飛行機内でも仕事関係者がいるかぎりスーツで、というのだとすると哀れに感じる。窮屈だろうに。前に文春の編集者が夏にスーツを着ないといけないことをアムネスティに訴えたらどうかと冗談を言っていた。本人はスーツなんか着ない男だったので、どうも出世街道的にいうとその後は立ち寄り直帰気味のようだった。一冊、一緒にやろうといわれてのがそのままになっている。その企画では勝負できない感じがして、こっちの時間の余裕を考えると、そこに時間コストをかけるのはもったいないように思ってなんとなく乗り気になれないままいつのまにか時間が経ってしまったのだが、結局、勝負できるような本も出せていないだし、なんともふがいないし、悪いことしている(現在進行形)と思っている。
そんなことを書いてアップせずにいたらもう木曜朝である。マックの電波が漏れるベーグルカフェで書いている。確かにローレンツの『人いぬに出会う』だと思ったが、犬の最大の欠点は飼い主よりも寿命が短いことだと書いてあったように思う。その結果、飼い主は愛犬との別れを経験せざるをえないのだと。しかし個々の人間は確かに寿命は長いけれど、時間差でそれぞれのひとと出会っているわけで、たとえば学生にとって教員はひとと犬の関係と同じで、教師の最大の欠点は学生より寿命が(たいていの場合は)短いことにあり、学生は愛犬と同じく教師との別れを経験せざるをえない。別れる前に惚けちゃうしね(笑)。
中島岳志さんの対談集の見本を送ってもらった。印税分配なので制度的には一応共著扱いになるのかもしれないけれど、登場しているのは他の対談相手と同じくほんの数頁にすぎない。満州、ハンセン病療養所と連続的に多摩ニュータウンを語っているところが、公式的に文字になったものとしては初出かな(どこかで小出しにはしたか。発言的にはいろいろしてきたけれど。
多摩ニュータウンの設計主義には、大学の同僚の若い都市研究者も批判的で、駅前に作られた巨大なコンコースを破壊してやりたいとそのうら若い女性研究者は過激思想を語ってくれたことがある。しかしね、あなた、とぼくは口を刺す。ぼくは前に南野高校卒業生に話をきいたことがあって、彼らはコンコースの上から自転車で走ってきて(丘の上の公共施設から始まって駅の入り口までゆるい下り坂なのだ)、誰が最後に坂が階段になる直前までブレーキをかけずにいられるか、チキンレースを肝試しでやっていたそうだ。失敗すると階段を自転車で下りることになるし、まったくブレーキをかけないと相当なスピードで階段を飛び出してETのように空を舞うことになるが、そこまで出来た勇者は彼の代ではまだいなかったとのこと。人工的な設計の極値のものを舞台装置として使ってしまうひとのしたたかさにぼくは希望をみたい。設計主義は肩肘立って戦う相手としてよりも、しなやかに力をそぎつつかわしてゆく対象としてある。チキンレースはぼくたちも毎度のようにやっていて、それが自転車でがけの手前までノーブレーキでゆくのを競うものでないだけで。
 

金木犀とマドレーヌ

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月17日(土)07時35分20秒
  先週は、外を歩いていると何度も金木犀の花の匂いに出会った。早坂暁『華日記』に華道界の大物の愛人になってゆく女性が金木犀のような体臭の持ち主だったと言う表現が出てくるところがあってひどくエロチックだったのを思い出す。読書会で読んでいるドゥルーズ論にはプルーストの例の「紅茶とマドレーヌ」の話が匂いの記憶想記の話題で。フェティシズムの多くは直接的な匂いフェチ系でなくても、匂いと関わるようにも思う。匂いは包み込む。一体感を醸し出すのは,そうは意識していなくとも、嗅覚によるところが大きいように思う。ホールの近接学は距離の問題しか議論していないが、匂いが届く距離という論点はどうか。逆にいうと嗅覚障害者はフェティッシュになれるのだろうか。五感のなかで嗅覚だけが大脳に直接刺激を与えるとか言う話も聴いたことがあったが。
紅茶とマドレーヌと言えば大学時代にジェラル・ジュネットのプルースト論を読んだのだが、こっちは殆ど内容が思い出せないのはフランス語が出来なかったからだろう。内容よりも洋書の紙やインキの匂いのほうがよく覚えている。
 

何が伝染するのか

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月 8日(木)11時34分28秒
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  北海道のインフルエンザ患者はタミフル耐性の新型だったというので話題になっているが、この患者がタミフルを服用した経緯がないので、タミフル耐性ウィルスの人・人感染ではないかと報道されている。ぼくもタミフル投与が耐性を作ると思っていたのだが、そうではなく確率的な遺伝子の変異が耐性を獲得するので、タミフルを投与しようがしまいがある時期になれば耐性ウィルスは発生するのだという説も聞いた。さてどっちなのだろう(あるいは両方なのか)。タミフルが効くうちに軽く新型にかかって免疫を獲得するのがいいように思ったことがあるが、その免疫は耐性新型にも通用するのだろうか。報道されている情報がかゆいところに届かない。
台風のせいで予定が狂いまくりだ。実はお葬式にでようとおもって午前中の休講措置も取っていたのだが電車が止まっていて、参列してしまうと午後の会議に間に合わない。早めにご焼香させてもらってトンボ帰り+タクシー小刻み利用でやっとなんとかなるスケジューリングだったので行きの電車が確保できない時点でもう無理だった。遺族の気持ちを思うと考えさせられることもあり、強く煩悶したけれど結局諦めた。雨が強いままで参列者の出足も鈍いようならなんとしてもと思ったが、台風一過で晴れ始めたので、おそらく遺族の気持ちも多少は晴れるかもの知れないと(まったくの独りよがりで)思い、クルマで大学に向かう。
昨日遅くまで会議があって帰りのクルマの中で聞いたFMで台風情報について電話で気象関係者からコメントをもらったとき、945ヘクトパスカルと台風の気圧を紹介したのに対してキャスターの八塩圭子が「1000に届こうとしていますね」と返していた。相手はうまく聞こえなかったのはつっこまなかったが、1000の大台に乗れば強いというわけではもちろんない(というか逆)。知識は凹凸があって当然で、自分だってそうなのだから責められないけれど、理想的には報道人はパスカルのいうオネットム(全方位的教養人)であるべきだろう。特に異常気象とか感染症とかの報道では、どこまで基本的知識があるうえで最新の情報を処理できるかの能力が厳しく問われるように思う。
 

調性

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月 3日(土)16時05分10秒
編集済
  午前中エクセルシオルカフェ。Godspeed You Black Emperor。ポストロックと呼ばれるらしい一枚。マイナーの長大な楽曲はピンクフロイドMeddleの裏面Echoesを彷彿させた。高校三年の時、文化祭が終わって数日後、ひどく早朝に目覚めてしまい、自分の部屋でEchoesのレコード!をステレオ!!に掛けて聞いた。水の中で響くようなギルモアのエコーのかかったギターの音から最後のクライマックスへ、そして天上に帰って行くようなエンディングをすぎて レコード針が定期的にノイズを立て始めたとき制御不能なほど寂しさに駆られた、そんな感情の記憶だけが今も、40年近くの時間をありありと隔てて残っている。
新曲を書かなきゃいけなかったし(笑)、映像作品も作らないといけないしでひどく忙しかった文化祭が終わってしまった虚脱感や、もう本当に受験体制に入らなければならない(3年の文化祭まで関わってしまうと浪人すると言われていた。果たしてその通りになった)ので、もう遊んでもいられないしと考えたり、急に肌寒く秋めいて来たことも関係していたのだろうが、今にして人生とは喪失の過程であるという「真相」の端っこに初めて触れたのかもしれない。人生は時間と共に様々なものを手に入れてゆく過程だけではなく、様々なものを失ってゆく過程でもある。子供の頃は未来に向けて希望に満ちて前者のイメージで人生にとらえるが、高校三年生の頃にようやく後者に気づくようになる、ということか。
それが音楽経験と重なっていたのは興味深い。音楽に長調と短調があるのは、手に入れてゆく人生と失ってゆく人生に対応しているようだ。調性の種類が三つ、四つでもいいのになぜふたつしかないのだろう。ポストロックの最先端のバンドですら昔ながらの短調の曲を書いてしまうのは、二つの調性が深いところで人間にとって意味をもっているからなのかもしれないと書いてみる。このバンドのCDはリッピングして以来、一度京王線の中で聞いただけでその後あまり聞き返さなかったから気づかなかったが、武満の「悲歌」に似ているところもある。
午後、マック→サンマルクカフェ。喫煙席しか空いていないので両側から煙幕攻撃で大変なことになっている。しかし久しぶりにたばこの箱を見たが、健康への注意書きがこんなに大きくなっているとは知らなかった。隣の男子学生は出講リストを見ながら履修変更願を書いている。この季節らしい。
夜ドトール。猛烈な勢いでICレコーダー起こしをしている女性がいる。同業者? ICレコーダースタンドみたいなものをつかってスイッチ操作をしやすくしている。ワープロソフトも一太郎だし。
 

ENO and Fripp

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年10月 2日(金)22時05分23秒
   水曜夜、ネットラジオ。話す内容が科学系に寄っているのは明らかに粥川氏の影響だが個性的でわるくないと思う。収録後、誕生日祝いをしてもらう。
 木曜、授業。会議がないのにいろいろ部局をまわって調整しているうちに昼ご飯食べ損なう。すっかり暮れた後に大学を出て、朝がまんして買わなかったコミックモーニングを帰路のキオスクで入手。ディアスポリスはもう最終回が近いことが濃厚だ。好きだった元牧師のヤクザも死んだ。死にっぷりを書いて欲しかったがもう細かく書き込んでゆく執念が作家に感じられない。単行本が何十巻にもなるようなそう長い作品ではなかったが、それでも強度を最後まで維持するのは難しいようだ。
 金曜、授業と取材と会議。仕事ができなかったので夜マック。ENOのBefore and After Science。科学以前と科学以後とはどういう意味でつけたのだろう。BC、ADのパロディなのだろうか。歌詞の中に解題されているのかも知れないが、リスニング能力が貧しいので歌詞カード無しにはそこまで聞き取れない。ENOは最近どうしているのか。Windows95のオープニングサウンドの作曲印税はどれくらいになったのか調べようとおもってWikiを引いたらその答えはなかったけれど、ブライアン・フェリーを嫉妬させたというバイセクシュアルな美貌はどこ吹く風の、太ってカーツ大佐か往時のフーコーのような海坊主然とした2006年のENOの写真と、WindowsVistaのオープニングサウンドがロバート・フリップだということを発見(ファンの間ではたぶん常識なのだろうが)。
 

アルト

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年 9月28日(月)19時37分24秒
  少し前になるが、またひとつ年齢を重ねてしまった。お誕生日おめでとうメールが届いたかと思うと、マイレッジ会員登録して生年月日を知っている航空会社からの自動送信だったりする。機械は優しい(笑)。それでも、なにかの弾みに誕生日について話してしまったのを覚えてくれていた学生からカードとか貰えた。
iPhone上でoffice系のファイルを編集ために、アプリを買って入れたり色々努力していて、メール経由でのファイル転送だけが最後までうまくできなかったのだが、やっとできた。SDメモリーとか使えればこんな苦労はないのに。
キーボード非搭載を含めて、なんでこんなにかたくななんだろう、ジョブスは。パロアルト研でアランケイの作った暫定ダイナブックをみて大いに感化されたというのは有名な話だが、ケイとポータブル端末の未来像でも語り合って、それに縛られているのか。ちょっと常軌を逸している感じがする。
アラン・ケイの名は最近ではすっかり聞かなくなってしまったが、彼なくしてはお誕生日おめでとうメールが機械から来ることもなかったのだ。ジョブスがこの教祖の薫陶をいかに受けたかについては、たとえばオーラルヒストリー調査とかしておきたいところ。
PCとの連携は使いにくいが、単体としてはiPhoneにしてようやく画面で書類を読んでみようという気になれた。画面タッチへのレスポンスや解像力でやはり一日以上の長がある。
歯医者で抜髄されそうになったところをなんとか止めて神経を残して治せないか様子をみてもらった。麻酔が効いていて(抜髄しなくても、削るときに麻酔しちゃうんだな、最近は。患者を逃がさないためには痛みを感じさせないのが重要なのだろう。これも無痛文明のひとつの事例だ。麻酔しないで削れば痛みの出具合で抜髄が必要かどうかその場で分かるだろうにーー)唇が厚くなってしまったようなひどくいやな感じだが、麻酔が切れると今度は削ったあとが爆発的に痛くなりそうで怖い・・・・。
 

9/23

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年 9月23日(水)14時35分19秒
  がんばったけれど締め切りはまだ二本目。がんばるためには以前はリゲインのドーピングだったが、最近はBozeのノイズキャンセリング・ヘッドフォンをかぶる。静かすぎて耳がキーンとなる感じが味わえる。息苦しいくらい。
村上春樹が音のない世界を書いているのが印象的で、本筋よりも記憶している。『羊をめぐる冒険』で鼠に会いに北海道の果てまでいったときにも痛いほどの静けさを強調して書いていたが、あと『世界の終わりーー』で脳内の領域を架橋によって暗号化する方法を考案した博士が技術的に音を抜いているくだりがあった。ノイズキャンセルというのはまさにこの音抜きだ。
前にPHPの『The21』という雑誌に「先取りヒット商品学」という未来志向の技術を用いた商品・サービスを取り上げて紹介する連載をしていたときがあった。そこで取り上げたものは殆どすべてぽしゃっり、渡しの先見性のなさを証明することになった(笑)が、その中のひとつに車内騒音軽減デバイスも含まれていた。日産の工場まで取材にいったが。その機能は殆ど話題にもならず消えた。当時のCPUでは音を解析して逆波長をぶつけるにも処理速度が不足していて無理だったのだろう。しかしそれから二〇年近く経って音抜きはこうして実用化している。
近々の予定を告げるPCやスメートフォンのカレンダーは揃って「授業開始」を教えてきてくれる。明日から。しょっぱなから大型台風襲来のような行事満載なので気が重い。
Googleカレンダーをfirefoxで読み込めなくなってしまったので、Gooleにきいてみたらcokieを削除してみろという。おかげで読み込めるようになったが、どのぺージでも最初に接続するようにいろいろ聴かれるようになってしまった。
 

伊勢 札幌

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年 9月21日(月)19時11分23秒
  シルバーウィークの最初は伊勢志摩で過ごした。遊びではなく結婚式出席。秋の伊良子湾フェリーが気持ちよさそうだったのでよほどクルマで来ようかなと思ったが、仕事があったので移動時間を使える新幹線にする。東京駅はキャスター付きの旅行カバンを転がす人であふれかえっていた。夕方からの式と食事を経て一泊。なぜこんなに昼間とは質量感が変わるのだろうといつもい驚いてしまう夜の海と、一夜明けて早朝の早朝の海をみながら原稿書き。小さな湾の中央で海をかかえるように建っているいるホテルなのだ。夏には近くに海水浴場ができるようで海の家の鉄骨だけ残っていた。風が強いのか波が高い。朝のBGMはブレッド・アンド・バター『マンデーモーニング』。日曜だけど。
日曜の昼に帰路につき、伊勢神宮に少しだけお参りする。外宮しかいけなかった。普通お参りする場所ではなく、神官になにか説明をうけて、神殿の中に入ってゆく集団がいた。年齢はばらばらだったが全員女性。恵泉じゃないのかと冗談めかしたが実は河井道は伊勢神宮の神官の娘だったのだ。維新の混乱の中で失職して家族して札幌に向かい、キリスト教に出会った後にも天皇を敬愛していたのはこうしうた家柄のせいではないかとも言われている。伊勢市駅で跨線橋を越えるのがたいへんだという理由だけで近鉄に乗らずJRで名古屋へ出ると.帰りの新幹線は空いている。伊勢から札幌に向かった河井を初めとして、札幌に同じ時期にいた新渡戸や内村、牧村などの思想を「場所」を切り口に考察する論文を書きたいと思っていたが、それは来年以降か。今年はまずニュージャーナリズム論ひとつ、しかしそれを仕上げにかかれぬままに明日からの連休中には締め切り3つ。
 

砂絵

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年 9月18日(金)05時28分6秒
  大学はまだ夏休みで学生が少ないので、午後の早い時間の学バスは、空気を運んでいるようだった。客が一人だけだったので運転手と信号待ちのタイミングで話していたら、「これ見てください」とアルバムを貸してくれる。趣味で撮影した野鳥の写真だという。こちらは井の頭公園にいっても、いろいろ種類があるらしいが、カモはカモとしかいえないのだが、野鳥の知識が豊富で感心する。運転手の仕事はバス会社を一度退職した後の再就職なのだが、最初のリタイアを期に撮影を始め、野鳥図鑑を引きながら覚えたのだという。

締め切りが重なってしまったので夜もマック。隣に座った大学生が英語のテキストを読んでいる。席の距離があるので誰のテキストかまでは分からなかったが、体裁からして引用もあり、何らかの論文であることは分かった。髪型やファッションはとても今風だが、場所からしても、アサインメントを大量にだされている様であることからも、我が後輩かもしれない。普通の大学はまだ秋学期が始まっていないが、3期制の母校であればもう秋学期開始後2週間ぐらいで、結構な分量のテキスト読まされているとしてもおかしくないのだ。
テーブルの上にはiPodと電子手帳に携帯電話の三点セット。そしてきわめつきに鞄からポメラ!を出した。電池寿命を重視したセットであるところが実践的で、iPhoneとノートパソコンの何倍も長く作業ができるだろう。それが自覚的に考えて選ばれたセットだとすれば若い身空でなかなかしたたかで、大学から社会に出てもしたたかにに生きてゆくのだろうと期待してしまう。ちなみに私の机の上には先日新調したiPhone3GSとレッツノート。したたかではない燃費の悪い人生パターン(笑)。
で、数時間経って朝もマック。締め切りだけでなく会議も重なってしかもそれがすべて紛糾しているので脳が疲れてしまってもう話にならない。砂をかむような生活の中で朝焼けがきれいだったのと秦基博の音楽が救い。僕たちの世代だと佐野元春『HeartBeat』を思い出してしまう。
 

猫バス

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年 9月14日(月)07時07分46秒
  夏休み中ずっと歯医者に通っている。予約間隔があいてしまっているので回数は多くないのだけれど。ようやく一本目が完了に向かいつつある。椅子に座り、背もたれが倒され、口の中に型どりようにワックス?だとかいろいろ入れられたまま待っている状態になると、もはや何もできずに空を眺めていることになる。ただ最近の歯医者はホスピタリティも気にするようになっていてモニター画面が患者ひとりに一台ずつ用意されていて飛行機のシートみたいな状態だ。何もできないのでつい見てしまうとこの前は国民的アニメ『となりのトトロ』をやっていた。見たのは最後のサツキがメイを探しに行くところ。トトロが猫バスを呼んでくれる。猫バスは生体的なものなのでドアは機械的に開くのではなく、穴が大きくなる感じなのだが、メイがそのなかにこわごわ乗り込むと、床は毛の生えたカーペットのようでシートも同じ感触のようなのだ。そこで見る人は長い毛の猫に毛皮が敷き詰めたられた触感を連想するのではないか。あー気持ちよさそうだなと。もしそこで堅い床、堅い椅子だったらトトロの人気の出方も違っていたかも知れない。
前にAIBOが出たとき、某社の女性広報のひとが興味を感じつつも「毛がないとだめですよね」と言っていた。毛は大事なのだ、とってもね。毛皮好きも単にみせびらかしの消費というのではなく、感触への嗜好が大きいのだと思う。毛ではないけれど絹の心地よさも独特で、生体系の素材は他の人工素材とは異質の愛着を発生させるように思う。その究極は恋人の肌ということになるのか。
こうした愛着にラカンの対象aについて思う。フェティッシュの対象になりえるものは対象aである(インターネットではそれが殆ど無限にあることが分からせた。ラカン派の人たちはネット時代に理論の見直しの必要もあるのではないか)。愛着する対象はそのものとして愛おしいのだが、そのもの自体以上に背後に隠された現実(界)に繋がっている。言葉を換えて言えば「あの世」と「この世」の接点。
 

神保町

 投稿者:武田徹  投稿日:2009年 9月12日(土)09時33分5秒
編集済
  夕方まで出かけずに吉祥寺周辺で仕事。思いの外はかどる。年一冊の単行本刊行ペースが守れなくなって、それが大学の仕事の拘束時間の長さなのなら、せめて大学にいるからこそ論文だけでも毎年一本は書こうと思って、これも仕事量を考えると必死の思いだったのだが、なんとか果たしてきた。しかし今年はさすがにこれもだめかまと思ってなかば諦め、寂しく思ってていたのだが、ダメ元で書き始めてみたら案外と進む。野望を抱かず今まで考えてきたことを手堅くまとめる方針に変えたせいなので、あまり自慢もできないが、まとめておく価値はあるかもしれないし、今の時点でここまで書けていれば締め切りまでには、そこそこ洗練させられるかも知れない。やっと目鼻がついたというだけで今後、別の仕事の津波が来ればやはり撃沈ということになるのだろうが。
夕方から神保町。時間があったので交差点近くのドトールの屋外席で仕事。前もここで仕事をしていたら前を通りかかった集英社の編集者に「なにやってるんですかー」と声をかけられた。同じような時間で、暗くなってきた屋外席で忍び寄る夜闇の中にパソコンの液晶画面が明るく光っていて不思議な感じだったという。季節まで覚えていないが、屋外で仕事をしたくなるということではもしかしたら同じような季節だったのかもしれない。そのひとはその数年後に亡くなってしまった。場所の力なのか、忘れていたはずの声を思い出していた。

佐藤真『Self and Others』も過去の声に突き刺されることがテーマのドキュメンタリーだった。声の主は牛腸茂雄。生前の牛腸がテープに録音していた声が彼の写真作品と共に挿入される。牛腸の同名の写真集『Self and Others』はあきらかにダイアン・アーバスの影響下に作られているが、アーバスだったら被写体にしたいと思っただろう牛腸自身が撮影者になり、自分のセルフポートレートを撮影しているという入り組んだ構図がある。入り組んでいるといえば佐藤自身ももういないわけで、忘却の底から蘇って問いかける不在の牛腸の声は佐藤の不在も通して届くことになる。

今も席の前を次々に人がよぎる。小学館、集英社、岩波あたりの編集者が多く混じっていそうな場所ではある。編集者になりたいと相談に来る学生は今も昔も多いけれど、いくらでも本について、雑誌について語れるぐらいでないと出版業はつらいだろう。特にこれからは。しかし本当は二〇年前からもそうであるべきだったのだ。
 

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