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2003年9月1日から日記形式に変えました。必要に応じて掲示板スタイルに戻し、書き込みをお願いすることも考えていますが、しばらくはこのままで行きます。

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北の核  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月28日(土)19時16分19秒    編集済
  北朝鮮、核実験プルトニウム「2キロ」申告 予想下回る
  http://www.asahi.com/international/update/0628/TKY200806280158.html

だから何度も書いてきたけどあれは核爆発していないんだってば(笑) どうしてその選択肢を誰も視野に入れなかったのだろう。ここにきて起爆しなかったのかも、は遅すぎる。
なにしろ日本の調査では大気中の核物質発見もできなかったではないですか。その実証と、今回ほど定かな数字が出ていたわけではなかったが、当時の爆発規模のデータだけでも、総合して出てくる可能性のひとつは核実験は「成功していない」だったと思うのだけど、そうはなからなかった。
日本政府としては核実験成功を発表したかったはずなので、もし調査で放射能を関知していればそれを隠蔽するとは思えない。ならば日本国の調査データ以上の精度でアメリカは検知できて、核実験成功の確証をアメリカが出しているのか? たとえそうだとしても政府筋は把握していたかもしれないが、日本のマスメディアまでは知らないだろう。だったら違う書き方もあったと思うけど、なぜ報道でも猫も杓子も「核兵器は北朝鮮にあるに決まっている」になっちゃったのか。もちろん私が核実験成功を否定できるデータをもっているわけでももちろんないんだけど、信じて疑わずに硬直した思考のパターンが気になった。
 そんなわけで今後はこの申告の核物質量をどう評価するかの続報は注目していたい。ブッシュのアメリカはあくまでも核兵器が実在してそれを廃棄させたというシナリオを書きたいのだろうが。
 

 投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月27日(金)22時41分59秒
  昨晩は疲れ切って帰宅して、すぐに倒れ込むように爆睡してしまったので、朝4時に起きて昨日締め切りだった原稿を書く。担当者の出社前までに送ればセーフではないかと甘えたことを考えている。
この原稿を入れて、本当に久しぶりに会議と打ち合わせのない日。新しい工人舎のパソコンが液晶プロジェクタに繋がらなかったのでサポートに電話して指示を受ける。どうも相性が悪くてプラグ・アンド・プレイができない感じ。サポートでも、機材が認識されないので設定画面にも入れず、もはやお手上げだった。他のプロジェクターや外部PC用RGB入力には対応しているらしいのだが、こんなに身近に不具合がでる組み合わせがあるのは不安だ。外での仕事では危なっかしくて持ち出せない。それにしてもプロジェクタにも動作確認が必要だとは思わなかった。
その後は散らかり放題だった研究室の片付けをしながら19時を待つ。19時に待ち合わせて大学の裏の谷戸に蛍を見に行くのだ。前にも多摩ニュータウン計画に取り込まれずに昔ながらの自然が残っているところがあり、そこに蛍が自然生息しているときいて、自分で探しに行ったのだが見つからなかった。その反省から今回は同僚の先生に案内してもらった。夏至が過ぎてすぐなので19時ではまだほんのり明るい。細い農道を歩いてゆくうちに徐々にくれたころに生息地に到着。いるわいるわ、火の粉のように緑の光が舞っている。今年は数が少ないらしいが、それでも椿山荘よりもさすがに多い。光が力強いようにも感じる。
歩いて蛍が見られる場所にある東京の大学と言うことに誇りを持ってくれる学生がもっといればいのにと思った。なにしろ学生を連ねて見に行くはずだったのに、約束の時間に集合したのは同僚の教員と二人だけだった。おかげでいろいろ話せて良かったし、環境社会学者であるプロの案内人なので蛍の知識が急に増えてしまった。
 

隔離という病は  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月23日(月)21時50分2秒    編集済
  品切れ間近のようですね。手持ちが減ってきたので少し買い込んでおこうと思ってamazonを調べたら、新品がもうなくて中古が新品価格を上回って売られていた。書店によっては店頭在庫はまだ多少あるようですが。
今学期は珍しくこの本をひとつの授業で使っていて、ハンセン病を語るのにノージックやフーコーを引いて学生を大いに混乱させているが、教科書採用がかろうじて間に合ったわけで良かったと思っている。一人の同僚の仕事にいかに影響をうけてこの本を書いたかの話も礼拝で出来た。どちらも本が手に入らなくなるかもしれない前のギリギリのタイミングだったわけで幸運だった。
『隔離という病』と同じように、いやそれ以上に出版社を転々として刊行され続けている藤原新也『東京漂流』を書評の仕事で久しぶりに読む。現在は朝日文庫だが、こっちも品切れが近いようで店頭在庫は新宿までいかないとなかった。
旧著発掘の書評だが、今買えることが条件なので一応、現行版を入手してみたのだが、電車の中でぱらぱらめくって驚いた。印象がかつて読んだのと全然違う。家のどこかにある旧版と比べてみれば明らかになるが、実際に違っているのではなく、たぶん違っているように脳が思わせているのだ。いやはやまったく私の記憶はどうなってしまったのだろう。今なら互いに蛇蝎のように嫌い合って別れた昔の恋人と新鮮なつきあいすら再開できるような気がする。
藤原が書いていることはまるで今のことだ。80年代型社会の到来により全共闘や連赤の時代がいかに遠くなってしまったかも藤原は書いているのだが、その後の社会の変化は驚くほど遅い。変わることなく、淀んだ水が腐るようにたた腐ってゆく。藤原がフォーカスでの東京漂流の最初の打ち合わせをしたホテルニュージャパンの地下の飲食店が出した腐った生牡蠣はそのまま腐敗を極めていったということだろう。だから内容は逆に痛々しいほどの既視感がある。ちなみにフォーカス連載分の写真を見てGNニッコールとモードラのついたニコンFが欲しくなるのもこの本を手にしたときの相変わらずの個人的な条件反射だが、文章としては、どれも初めて見るようなねじれた構図だ。
反核運動や環境保護など、「絶対的に正しい」運動への強い嫌悪感を藤原が持っていたことも改めて「発見」した。確かに環境も国際NGO的な運動も、ナショナリズムよりも国境を越えた政治的活動が問われるようになったグローバル社会の中で、あっというまに格好のアジェンダとして取り上げられ、利権化し、政治的に回収されてしまう弱さはあったわけで、そんな未来まで当時の藤原は見ていたのか、いや、ただ感じていたのか。
 

新河岸  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月23日(月)07時29分32秒
   少し事情があって荒川新河岸に行った。編集者時代に小豆沢の凸版印刷の工場にはよく出張校正に出かけており、その周辺の風景は記憶があるが、17号線をその先までクルマを走らせた記憶は東京に暮らして長いが、まだなかった(父だったか誰かの運転のクルマに乗せられてということでは、埼玉大学の合格発表を見に行ったように思う。まだ国立二期校があった頃、大昔の話だ)。凸版の工場はこのエリアのもっとも都心側で、おそらくもっとも古い進出例でその先にはより新しい印刷工場、製紙関係の工場が多くある。そういえば段ボールだったか、チッシュペーパーだったかの工場に取材に来たことがあったがあれは川向こうだったような。埼京線の駅のどこかからタクシーで訪ねたので定かではないが、別の経路でごく近くまでは来ていたのかもしれないと思った。いや、それにしても工場の種類といい、場所といい、記憶が混乱しているが。
 少し時間が空いたので喫茶店で仕事でもと思って周囲を流すが全然見あたらない。河岸の築堤は相当高く作られており、築堤の下を走る川沿いの道からからは荒川がまったく見えない。築堤上の道を行く自転車やひとを大きく仰ぎ見て走る。市場や水再生施設の周囲を走っているうちに新高島平の駅に出た。新河岸の工場群と都営三田線の位置関係がやっとわかる。高島平らは川沿いなのだ。地形が違うので団地エリアとはいえ多摩ニュータウンとはずいぶん雰囲気が異なる。
 駅周辺を流してみたが、独立系の喫茶店はあったが営業していなかった。そんな駅前なのに昆虫のプロ?ショップがあった。どこにでもある店がどこにでもあるように分布しているのではなく、平均的でないことは好ましいが、一服してパソコンで仕事をしたい時には困ってしまう。しかしこうした都市生活への欲望が都市を平準化しているのだ。
 先週は忙しかった。火曜日に学習院で講義(講演?)、金曜日に恵泉高校で学問領域説明講義、夕方は小金井の市民講座で講義、土曜は同窓会の役員会。その間に原稿が二本挟まっていた。
 

FHT  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月15日(日)11時14分3秒    編集済
  自然に棲息するようになって人工放流をやめた庭の蛍だが、やはり数は少し減っているという。それでも夜闇が濃くなるにつれて都心では奇跡のような淡い緑の光が瞬き、流れる。
蛍を、これでもかという数、見たのは三朝温泉に取材にいったときだ。4年前。日付の数字まではさすがに失念したが、どんな日だったかは克明に覚えている。ジャーナリスト養成コースの最初の年の応募締め切り日だったのだ。夕方、三朝の旅館から応募状況を電話で確認して、ほっと安堵して川沿いの道に散歩に出た。湯上がりの身体に川を渡る風が心地良い。日が暮れると蛍の乱舞となった。もう一度、蛍の季節に行きたいと願っているが果たせずに、都心にいる。
ここには論壇誌を持ってきてまとめて読んでいるが、環境保護運動、特に温暖化対策へ疑問を呈する論文が多く出ている。流れは変わりつつあるのかも知れない。出来れば洞爺湖サミット前にこの流れが本格化して、へんな空手形を発行しないで済むようであればよかったが、それには間に合わなかったか(というか洞爺湖サミットがあるからこんな記事が出ているのであって、そんな論壇誌、というかマスメディアジャーナリズムの性格ゆえの宿命として言論は剣よりも強くなんかならないのだ)。
「何かを理解しないことで給料をもらっているひとにそれを説明するのは至難の業」というアル・ゴアの言葉を、むしろ批評的思考を欠く環境保護運動家自身に返した山形浩生の諧謔(『論座』)が印象的だった。それにしても最近の論座は面白いなぁ。ぼくに依頼しないだけが欠点だ(笑)。
都心にも蛍が戻るようだといいなぁと思う。しかしその日は排出量制限に無駄に予算を消化することで限りなく遠くなるのだ。
 

緊急速報  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月14日(土)08時59分16秒    編集済
  岩手県南部での地震発生の緊急速報画面が出て数秒後に東京でも揺れた。距離があれば緊急速報に意味があることが実経験できた。ならばなおのこと地デジ化で放送送出時に発生するタイムラグ=遅れが気になる。放送の公共性を思えば速報を遅らせるような技術を採用すべきではない、そんな意見も聞いた事がない。

おやおや、地震になったら見城に辛抱が「青森大学所属ですが」と聞いている。秋葉原事件のときには一言もなかったのにね。岩手南部、宮城から青森は相当遠いが。
 

期待権  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月14日(土)08時35分41秒
   NHK番組改編裁判での他の識者センセーのコメントをみると期待権を認めた高裁判決が覆されたことを評価している人が結構多い。特にジャーナリズム系のひとがその意見だ。高裁判決が出た後に、新聞記者にあうと多くが期待権を認めてしまう問題性を指摘していたのを思い出す。
 確かに取材の過程で被取材者に期待されてしまい、記事が出てから苦情を言われることは多くある。期待権を司法が認めてしまうと、苦情が訴訟に至りかねず、危なっかしくて困るという感覚は、自分の取材経験でもよく分かる。
 ただ、それを重々認めた上で、私は報道というのは一方で合意を取ってゆく過程ではないかとも思う。前に紛争後の第三世界で採用されている「真実委員会」に関する本を書評したことがあったが、真実を発見してゆくプロセスは表に出ていなかった真相を掘り出す作業であるが、同時に共通の真実像を獲得してゆく、和解・合意のプロセスでもある。報道というのもそれに近く、取材とは事実の発掘であると同時に被取材者と合意を得てゆく作業でもあるのではないか。「貴方はそう言うけれど・・・・」と意見交換するプロセスが取材でもあってよく、その結果として、確かに報道の全体が取材前に被取材者の期待したものとは違っていたとしても、最終的に納得づくで記事が出るようにしてゆく必要があるのではないか。これは事実至上主義的な取材観からすればとんでもない話なんだろうけれど、実は報道の実体というのはこうして社会的な和解点を見つけてゆくという性質があって、それがむしろ過剰な事実至上主義、速報主義の中で見えにくくなっているのではないかと個人的には思っている。
 そんな考え方もあって、拙速な番組改編で合意プロセスを取ることをさせなかった「政治家の意向を過剰に汲んでしまう」ように仕向ける放送法制度の問題を議論すべきだったというのが私のコメントの趣旨だったのだが、他の識者センセーとまったく異質の足場からの発言となっていたのは驚きだった。今更言うまでもないことなのだろうが、かくも私はこの世界ではひとりぼっちである。この世界でなくても、大学とかその他でもひとりぼっちだ(笑)というのもまた今更言うまでもないのだけれど。
  それにしても、土曜の朝にTVを見ていたら見城美枝子がジャーナリストの肩書きで秋葉原の事件を論じていたけれど、いつからジャーナリストになったんだと思う一方、青森大学を肩書きになぜつけないのかとも思った。今、このタイミングであれば、そしてジャーリストだったらなおさら青森視点で語ることこそ、公共的に要請されるのだと思うが。
 

試合に勝って勝負に負ける  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月12日(木)21時25分26秒    編集済
  NHK番組改編事件の最高裁判決が出た。コメント一件。昨日から頼まれていたのだが、予想以上に会議が紛糾、合間に(というか委員長権限で休み時間をいれることで)かろうじて電話が出来たがえらく迷惑をかけてしまった。
NHKは勝訴だとか、放送の自由が守られたとか言うのだろうが、確かに期待権が一人歩きして取材編集の自由が制約される結果は避けられたとしても、高裁判決で期待権を持ち出さざるをえなかったそもそもの原因である放送法体制という放送の自律を損なう制度自体の問題性が議論されずに判決が出て結審しまったわけで、ジャーナリズムの自律を勝ち取る戦いには負けたということだろう。この判決は、手術は成功したけれど患者は死んだ、の類だということを、おそらく一番分かっているのはNHKの内部の良識的なジャーナリストたちなのだと思う。
 

なへ殺すんだば  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月11日(水)08時09分0秒
  今週発売のスパに紹介した津軽弁版『走れメロス』の中の「なぜ殺すのだ」のセリフ。秋葉原の加害者にこう声をかける地域コミュニティはなかったのだろうか。犯罪を防ぐという大義名分でコミュニティ再興が謳われているが、不審者を排除する自警団活動ではなく、脱社会的存在を内部から生み出さない最後の防波堤のような機能をコミュニティが担うことはもはや出来ないのだろうか(ケータイサイトの本人書き込みの親への言及や、テレビでの対応をみると父親バッシングが起きそうだが、もちろんそれでは解決にはいっさいならない。そんな話をしたいわけではない)。
犠牲者のうち4人は失血死だったという。輸血で生命維持しながら出血部位を縫合してゆくなどの措置が早くできれば助けられていたはずで、都心の惨劇で、救急対応できる病院が近くに多くあるのに失血死を回避できなかったものなのか。確か東大病院には軽傷の警察官一人が搬送されているが、より遠くの病院まで搬送されて亡くなったひとを東大に、ということは出来なかったのだろうか。現場では救急隊員がトリアージ措置をしていた様子が報道されている。助けられる、助けられないの判断には、どうすれば助けられるかの判断が前提になっているはずなのだが。
 

脊髄反射  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月11日(水)06時19分28秒    編集済
   自分の関わる大学がいつのまにかチームマイナス6%に参加していたことがわかり呆れた。教授会に承認事項として出てくれば意見も言えたのだが、どこかの組織が勝手に申し込んでしまっている。誰からも異論が出ないものだと信じているのだろう。そういう思いこみが環境保護運動がファシズムと繋がる回路なのだと思うのだが。
 ちなみに洞爺湖サミットを前に福田首相の国内排出権取引が取り沙汰されているが、マイナス6%運動そのものが、実は既に国内排出量取引的な極めて政治的産物だったと思っている。マイナス6%どころか実態は京都議定書以後プラス22%とかに排出量が増えてしまったのは(環境省サイトだと「残念ながらプラス7.8%になってしまった」ことになっているが、個人的な取材経験ではもっと多い数字を聞いてきた。ここで出した22%はクールビズ関係(古い!)の取材で、他でもない、環境省官僚から聞いたものだが、その当時からマイナス約14%ってことはまさかないはずだ。この辺りの数字もきちんとして欲しいが、そもそも排出量ってどうやって計測しているのだろう。燃焼させている化石燃料量はラフには算出できそうだが、それに光合成による吸収とかをマイナスして出すのか? 植物も呼吸するが、呼吸/光合成率は植物種や日照量条件とか次第で変化しそうだが、そのあたりは計算できているのか? 実はこの数字自体が政治的産物?)、日本社会が排出量増加でしか雇用の確保から景気の維持に至るまで現状維持できないなによりの証しだろう。それが確かなのにもかかわらず、マイナス6%を言い続けて来たのは、それに反応するエコ系個人の気分的昂揚を求めることで、産業界の対応困難を含めて現状の真相をいかに隠蔽してどこまで引っ張れるかという、言ってみれば環境省と経産省など他省庁との間の極めて政治的な取引の産物としての心理操作だったと考えるべきではないか。
 そうした経緯をメタに眺めるスタンスを取ることなしに環境省スローガンに乗ってしまう。ISO14000に比べて内容が具体的にありすぎる点が悩ましい。たとえば温暖化と炭酸ガスとの因果関係を疑う論考もあるのに、その検討もしないで脊髄反射的行動を取るというのもどうか。大山鳴動して鼠一匹も出なかった環境ホルモン騒動の時のドタバタ程度は少なくとも思い出すべきだろう。
 ドタバタと言えば、浅田彰がドタバタ日記なるWEB連載を始めたことを知る。内容は実に彼らしいが、ドタバタなんていう卑俗でベタな語をスタイリストの浅田さんが許容したところが意外だったりする。
 

イギリス、中野、小金井  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月 7日(土)12時17分28秒
  木曜日、会議。イギリス留学の渡航費が高いという話題が出ていて、自分のクルマの車検を思い出す。家を出るときには覚えているのだが、いつも予約の電話を忘れてしまう。ポンド高で高いんだろうなぁとびびる。ルピーにならないのか。
金曜日は高校の連絡協議会に出るので、少し早めに授業を切り上げて移動する。予想外に早く着いてしまい、通常のスケジュールで出発しても良かった結果に。実は夕方に用事があって、そこにゆくためには協議会も早あがりしないといけないので、開始直後は遅れてはならないと思ったのだが、出席してみたら高校のほうでも都合があり、通常の終了時間前に終わるとのこと。自分だけ早あがりするお詫びをしなくてよくなって助かったが、だったらなおさら授業をフルタイムでやっていたのにと思う。
早く中野を出られたおかげで、小金井まで移動しても少し時間があったのでようやく軽く食事も出来た。中央線は高架工事で駅がとんでもないことになっている。一時の渋谷や京都駅を思い出す。鉄道を止めずに駅を改築するのはもうパズルみたいなものだろう。決してスマートではないが、すごい技術だとは思う。そういえば前に井の頭線。渋谷駅改築を取材したけど、直前に掲載を断られたことがあった。
2時間、公開講座で話して帰宅。リゲインに助けられたか、あるいは悪影響が出たか。名刺交換しようにも持っていなかったり、そのお詫びをかねて書いたメールで件名を誤字るなど、なんかミスが多い。やっちゃったことをくよくよするほどナイーブではもはやないが、自分の限界を思い知らされて荒んだ気持ちにはなる。大変だった週なので疲れてその余波が出ているのか。もしかしたら老眼が進んだのかもしれない。見えているようで見えていないことがあるのだ。
 

20代  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月 5日(木)04時29分45秒    編集済
  5時に起きて早朝マック2時間原稿執筆の後に一度帰宅して朝食。もう一度出かける。勝谷誠彦氏のブログが無料だった頃は、自分よりも酷い働き方をしているのが分かって励みになったが有料化されてからは読んでおらず、こんな早朝から原稿を黙々と書いている自分がひどく孤独に思える。
午前と午後二コマ授業したら声が枯れた。まだ本調子ではないのでヤワだ。
ちょっと目を離しているうちにU2のボノが自分より年下?になっていて驚く(例の政治外交中でTVに出ていた)。絶対、年上だと思っていたのだが(だってダブリンにいったときに彼はもう豪勢なホテルのオーナーだった。そんな仕事もしていたので年上だと錯覚していただけなのだろうか)、本当にどこかで追い抜いていないのだろうか。
夕方、コンビニの前で婦人に声を掛けられる。ところが、何かと思って顔を見ると明らかに狼狽している。どうしたのかと尋ねると、「リサーチで20代男性の協力を得たくて探していたのだが」と言う。要するにアンケート取りたくて声をかけてみたが、近くでみたら20歳代ではなくて申し訳なかったということなのだろうが、大きな狼狽ぶりは何を意味するのだろうか。近くでみると自分は20歳代ではないということを思い知らされ、当たり前なのだが、ちょっと傷つく(笑)。前は訪問販売員にドアをあけるなり「お母さんいない?」と言われたことがあったが、その時よりは少なくとも老けたようだ。もちろん遠目では20歳代だというだけでよしとしてもいいのだが、そっちはそっちで姿形が不釣り合いで、なんだかひどくおかしな人になっているのかも知れないという不安もよぎった。なにしろこのリサーチャーのおばさんはこんなにびびっているのであって。
 

インフレ  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月 2日(月)23時07分45秒    編集済
  早く用事を済ませたかったので朝9時の開店をまって新宿のVISAカード本部へ。用事というのは、ゆえあってギフトカードの大量(ってほどでもないけど)購買。しかしここはローン破綻者とかが相談にくる窓口なのではないか。朝早かったせいかもしれないが、ギフトカードをそれぞれ包装してノシをかけてもらっている間、30分ほど滞在していたが客はほかにいなかった。私と接客担当者だけが会話しており、カウンタ背後の個々のブースに着席していて、仕切りが高くて姿が見えないスタッフは誰も話していない。相談者の顔を見ないようにするというのは配慮の産物なのか。アルタ横の喧騒の都心の沈黙。
閑古鳥が鳴いているのは、最近はカード破産しなくなった、と言うことではまさかないと思うけれど、確かにあまりその種の話題を聞かないような気がする。(中略)。帰り道、ハラ減ったので明大前駅ナカのC&Cでカレー(笑) 最廉価ポークカレー400円が430円になっていた。
失われた10年の頃、インフレターゲットを設けて通貨流通量を増やせという議論がなされていたけれど、ようやく物価が上昇して、我が意を得たりとほくそえんでいる経済学者もいるのだろうか。カードすら持てない経済弱者層は確実に大変になっていると思うが、こんな結果を望んでいたのか。
 

PHT  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 6月 1日(日)13時37分3秒
  富士とか河口湖までは行けなかったが、やれてきたので土日は都心に退避。たまっていた原稿を二本片付け、書評用の本を二冊読み抜き、翌週の準備を少し手掛ける。通常のペースに多少は復帰できたのだろうか。
47階のプールは地上何メートルになるんだろう。その高さまで20mコースのプールの水をわざわざ持ち上げることに感心してしまうけれど、のべで50何階分の鉄筋コンクリートの重量に比べればそんなものはたいしたことがないのだろう。プールの周囲のジムで街を見下ろしながらワークアウトすることの心理的効果はいかほどのものか。今回は泳いだだけでそこまではしなかったけれど。
土曜は雨にけむっていたけれど、日曜はきれいに晴れた。水蒸気が多いせいだと思われるが富士は見えないが、西参道でお馬事を練習している様子が遠く見下ろせる。明治神宮は緑が一番濃い時期か。
人背の中で東京の街を見られる時間も半世紀程度か。歴史の中の僅かな瞬間を目撃し、あとは後のひとにまかせる。東京はどうなってゆくのか。
 

生きがいについて  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 5月28日(水)02時51分12秒    編集済
  ネットラジオ収録の後、延辺料理で犬を食べて帰宅。珍しく日付変更線を大きく超えるまで明日の講義準備。奨学金面接で翌朝が早いので少しでも寝ようとしたが喉が痛く、唾液を飲み込むたびに目が覚めてしまう。午前中に病院で処方して貰ったロキソニンを飲んでみる。生きる実感。生きがいを感じるには人生に摩擦があったほうがいいという神谷美恵子の言い方の欺瞞を指摘する作業を明日行う予定なのだが、それは僅か数時間前の自分の思いを否定することにもなるのだ。  

相互不信  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 5月27日(火)07時55分16秒    編集済
  喉が痛い。土曜日に雨の中で後片付け作業をして濡れて風邪ひいた感じがあったが、風邪症状がおさまったのに喉痛だけ残った。
この季節は毎年喉をやられる。空調を初めて使う時のカビにやられているのかもしれない。
同じマンションの住人が殺人犯になるかもしれないとあってはオートロックや防犯カメラは意味がないことになり、今度は内向けのセキュリティ対策が必要になる。こうしてセキュリティがどんどん微分化されてゆく。刺々しくなる一方で困ったものだが、唯一見るべき点があるとしたら、戦後に至っても相互陥入してなかなか共同体から個が分離しなかった日本社会で、今度こそ個の確立に繋がるのかもしれない。状況は違うけれどデュルケイムがアノミーとかいいだしたころも相互不信が著しかったようにも思えて、日本も西欧の近代化過程における個の確立を遅ればせながらこうして辿ってゆくのだろうか。個の確立というと前近代からの離脱としていかにも明るく語られてきたが、それは欧米コンプレックスの産物でしかなく、欧米でも個の輪郭確定は刺々しい、相互の監視の中でそれは行われたように思う。
 

動物  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 5月20日(火)11時21分7秒    編集済
  環境管理型と規律訓練型の二通りの権力について語るときにマックを例に出すことが多いので、自分がそこにいるときもつい注意深くなってしまう。私は粥川さんに比べれば全然たいしたことではないのだが、最近また背筋を痛めてしまった(愚かなことにまたまた無理な体操のせいである)。そんな状態でマックに行くと、そこの椅子がとても人間(後ろの論理を先取りすると動物)工学的設計であることを実感出来る。腰に非常にきついのだ(笑)。背もたれがある席でもせもたれの角度が立ちすぎていて体の重さを負担してくれず、腰に重量がかかる。健康体だと気付かないが、普通の椅子と設計思想が明らかに違っていることを腰痛持ちなら気付くだろう。当然長居は出来ない。居心地が悪い場所から動物は去らねばならない。
あきらかに環境管理型で機能するデザインが意識的な産物かどうかわからないが無意識だったら作り手の側まで人間は動物化しているということだろうか。
 

子供のケータイ  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 5月18日(日)17時24分53秒    編集済
  ちょっとこれ↓ってひどくない? アクセス制限の議論が出始め、この前日には全国PTA協議会とかいう団体の調査報告が発表されて、会ったことのない相手5人以上とメールのやりとりをしている子供が12%いたとかいう部分をメディアがやたら衝撃的に報じていたと思っていたら、もうこんなところまで話が進んでいる。
******

「小中学生に携帯電話持たせるな」教育再生懇提言へhttp://www.asahi.com/life/update/0517/TKY200805170175.html?ref=goo

 政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾長)は17日、子どもを有害情報から守るために「小中学生に携帯電話を持たせない」との提言を、今月末にまとめる中間報告書に盛り込む方針を決めた。強制力はないが、保護者をはじめ社会に対するメッセージとする狙いがある。

 懇談会は16、17両日の会合で中間報告案を討議。携帯電話の有害情報対策としては、小中学生に携帯電話を持たせないことを原則としたうえで、業界に(1)通話と居場所確認機能に限定した小中学生向け携帯の開発を求める(2)閲覧制限の機能を付けることを法的に義務づける――との案を了承した。担当の山谷えり子首相補佐官は「持たせない、といっても強制はできない。懇談会からの教育的メッセージだ」と説明している。

 内閣府が昨年3月に実施した調査では、小学生の31%、中学生の58%、高校生は96%が携帯電話やPHSを使っているという。福田首相は15日、記者団に「携帯電話の必要性が子どもの場合、それほどあるとは思っていない。むしろ有害情報といったようなことを心配した方がいい」と語っている。

 懇談会では、政府が策定作業を進めている教育振興基本計画について、教育への公的支出を増額する数値目標を盛り込むよう、週明けに緊急提言することも決めた。
*****

 確かに最近のケータイ使用の低年齢化には問題ないとは言わない。しかしこの対応では社会の教育放棄ではないのか。ケータイを、たとえ小学校に入ってすぐに所持したとしてもそこまでには生まれてから6年間の時間がある。その間に、リスクとの関わり方は十分に教えられると思う。必要な情報であればリスクをおかしてでもとる、危険だと思ったら近寄らない、そんな基本的な姿勢を教えていれば、ケータイの使用法にも十分に応用できていたはず。
 そうしたリスクとの関わりが旨くできていない事情は、針小棒大に報じられている感もあるけれど(SNSの時代に知り合いの知り合いであれば会ったことのないメル友はいくらでも出来る。メル友5人以上が12%というのは少ないくらいではないのか。そんな数字を強調し、それが全ていつかは援助交際に繋がりそうな出会い系サイトを通じた危ない知り合いであるかのようにイメージさせるのは悪質な情報操作だと思うが・・・・)、確かにないわけではないのかもしれない。しかしだとしたら、それは幼児教育、就学前教育が失敗していると言うことだろう。ケータイにアクセス制限かけたり、更には所持まで禁じる前にすべきことはそうした就学前教育が機能していない事実の認定ではないのか。社会的存在になって行く基本の技術をきちんと教えられていればそれはプレ・メディアリテラシー教育にもなって、子供達は情報アクセス権を不当に制約されることなく、メディア社会にこぎ出せたのに、それが出来ていないとしたら叱るべきは親であり、子供をきちんと社会化できない世間であるべきだろう。
 そうした教育の失敗への反省や、失敗者への問責はぜんぜんないわけで、これは愚かな大人が、自分のミスが原因なのに子供の権利を不当に奪っているという構図そのものではないか。
 教育再生というなら言葉通りに教育を再生させよ。あからさまなボタンの掛け違えだ。子供を守るべきだと本当に思っている人なら、この動きにはNo!と言うべきだ。
 

銃と楽器  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 5月17日(土)09時40分24秒    編集済
   楽器ケースを背負っている人が目立つ。バンドブームの時ほどではないにしろ、ストリートミュージシャンも増えて音楽人口は厚くなっているのだろう。
 その姿をみて、ケースの中にライフルが入っていたらと想像してしまう。山本直樹『レッド』によれば、連合赤軍はそうして銃(=彼女)を運搬していたことがあったようだ。
 連合赤軍の「革命」はひどい失敗に終わったが、アドルノの予言していたとおりというべきか? 銃を楽器に持ち替えた「革命」も長い時間かけて失敗だったことが明らかになったのではないか。最近の政治状況、言論状況をみていてそう思う(たとえば今月の言論誌は福田政権の末期を論じるが、それ以前に、たとえばあたごの事故も問題だったが、結局、石破を居残らせてしまうってなんだ。行政責任とか公務員倫理という概念はもうこの国には存在しないのか。しかしそうした対応はあきらかに民度の反映である)。この年齢になって自分たちの世代の失敗を目の当たりにするのはきつい。自暴自棄になって、もしも楽器ケースの中にあるのがギターではなく、再び銃になっていたらとついつい危うい想像してしまうのだ。行政サイド、制服組も弛緩が著しく、たとえば成田空港の検問なんかもお茶のお点前みたいに儀礼化しているから、実際には武装市民化だって簡単に出来ちゃいそうな世の中でもありそうなのだが。
 今やもっともありえないものとして都市戦を幻視すること。そういえば、先日、故・日野啓三『夢の島』の書評を書いた。たぶんその影響がある。日野さんも幻視のひとだった。彼の場合、ベトナム戦争のサイゴン特派員経験が、たかが冷戦期の僅かの時間しか繰り広げられない刹那の戦争の深層に、もっと大きな歴史を幻視し、その延長上に『夢の島』のような都市小説が書かれてゆく。日野さんの影響の大きさは書評を書いていて改めて感じるところで、日野さんと対談した20年前の思い出から書き始めた。早稲田文学で重松清氏がセットしてくれた対談。改めてその束縛を感じる、まだその時に語りあわれたことの外にぼくはまだ出ていない。戦場の幻視は、日野さんの幻視とは方向も質も違うのだが、それでもやはりひとつの結果のように思ったりする。ありえないものの彼方からありえることを見ようとすること。楽器ケースだけでなく、ラクロスのケースなどにも銃は入りそうだ。
 

ネットワ−ク外部性  投稿者:武田徹  投稿日:2008年 5月14日(水)21時39分56秒    編集済
  内村鑑三の『地人論』を読む講義をやっている。当時の地理学の知識の説明が延々と続くので、地理学史専攻のようなひとがいれば役に立つのだろうが、それ以外の人にはちょっととっつきにくいテキストだと思うのだが、回を重ねても出席者が予想外に減ってこなかった。興味を持続させてくれているのであれば有り難いが。
今週で読み終えて、来週からは志賀重昂。以後、新渡戸稲造、牧口常三郎と続けてゆく予定。
夕方からは、3年ゼミコンパ第1回目。第1回目というのはどの日に設定しても出られない学生が一人か二人は出てしまうので、2回分日時を決めてどっちかにでればいいことにしたため。二週連続でコンパしているわけで、やる方は大変だけど、通年ゼミの最初にコンパに出ていないとずっとなんとなく居心地が悪いだろうからと思って奮発した。
その1回目で話していて面白かったのはmixiはそれこそ100%近い普及率なのだが、greeは0%近い無名の存在になっていたこと。数年前はそうではなかったはずで、ここまで歴然とした差がついてしまったのは、ネットワーク外部性の結果なのだろう。いや、しかし、残酷なほど勝負が明らかになってしまっている。
 

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