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補足

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月 9日(金)19時39分55秒
  下記回答文で、64.7‰さんに敬称をつけることを失念染ました。他意は全くなく、小生の不注意です。申し訳ありません。
 
 

ご指摘の件

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月 9日(金)19時31分19秒
  64.7‰の件、回答が非常に遅くなり申し訳ありません。しばらく多忙でホームページの確認ができていませんでした。

文字化けの件ですがホームページそのものが原因ではなく、ご覧になっているパソコンのブラウザの表示設定>文字のエンコードが、日本語(シフトJIS)になっていなかったのではないかと推測します。もし、まだ未解決でしたら、ご覧になっているパソコンのブラウザの表示設定を変更してみてください。
 

指摘

 投稿者:64.7‰  投稿日:2016年 8月30日(火)03時52分42秒
  ニュースの1999年の記事がほとんど文字化けして読めない状態でしたよ  

忘れられぬ横川-軽井沢

 投稿者:でんでん  投稿日:2013年 5月25日(土)22時26分14秒
  父の埋めれ育った地区に横川駅があった。帰省時、子供の頃はよく写真を撮りに出かけました。
当時、「峠の釜めし」は500円の記憶があります。
今は2倍ですね。
小学生の頃の夏休み自由研究は、機関区へ出かけて研究発表用に纏めた記憶があります。
今でも懐かしさから出張時は遠回りして、季節の空気を楽しんでいます。
そう、30年前以上昔の思い出を・・・。
 

原点

 投稿者:アキラメール  投稿日:2013年 1月 1日(火)05時28分46秒
  信州上田の出身で、高校卒業以来東京在住なので、汽車で碓氷トンネルをくぐった回数は数え切れません。祖父は明治時代の民権運動家で、新聞出版条例違反容疑で東京で逮捕され、上田へ護送されるとき、雪の碓氷峠を絣の着物と下駄ばきで歩かされたそうです。

小生にとっては碓氷峠は原点です。
 

 投稿者:アプト  投稿日:2011年11月 9日(水)18時54分44秒
  あー、さびしいなー。  

RE.はじめまして

 投稿者:アプト  投稿日:2011年 9月24日(土)22時47分51秒
  いえいえ、こちらこそよろしくおねがいします。  

はじめまして

 投稿者:妙高  投稿日:2011年 9月24日(土)19時05分24秒
  掲示板初投稿の妙高です 。よろしくお願いいたします。
あと、はじめましてアプトさん。
初心者どうし、仲良くやっていきましょう。
 

初投稿

 投稿者:アプト  投稿日:2011年 9月23日(金)21時11分25秒
  どうもアプトと言います。
何卒宜しくお願いします。
 

お礼

 投稿者:管理人メール  投稿日:2010年11月12日(金)20時53分37秒
  >快速さん
ご投稿いただき、ありがとうございます。あの時は、親子でとても楽しそうにトロッコを
こいでおられたので、思わず撮影してしまいました。
また機会がありましたら、是非、碓氷峠鉄道文化むら、ならびに碓氷峠にいらしてください。
 

2008年12月、師走も半ばを過ぎた碓氷峠の様子の件

 投稿者:快速メール  投稿日:2010年10月29日(金)20時02分37秒
  もう時間は立ってますが管理人様の記事を見てたまたまこちらの記事をみました。
http://www15.big.or.jp/~club667/news081220/20091220-4.html
こちらにて記事の中の手こぎトロッコで写ってる親子姿じつは私息子のぼくですw

今日たまたま見て驚きました!w しかし撮影してたとは思いませんでしたw
うーん あのときはとてもおもしろかったのでついに笑ってw
最後は勢いおくぶつかりそうになりましたw
しかしわざわざ記事にしてくださってありがとうございます。
 

訂正

 投稿者:管理人メール  投稿日:2009年 8月31日(月)20時03分59秒
  管理人です。
下記投稿について、投稿者名に題名を入れてしまいました。申し訳ございません。
訂正させていただきます。
 

(無題)

 投稿者:追記メール  投稿日:2009年 8月31日(月)08時51分14秒
  中山道ルートが浮上した背景について、ある方から以下の要旨のご指摘をメールでいただきました。

明治期、日本の主力産業の一角を繊維が占め、繊維輸出は日本の近代化を支える屋台骨の一つだった。中山道沿線には絹糸産地や繊維関連工場が多かった。中山道ルート浮上の背景に軍部の意向は確かにあったが、繊維という重要産業を支える鉄道整備というのも重要な要素だった。

ご指摘いただいた方には、この場を借りましてお礼申し上げます。
 

re:質問のお礼

 投稿者:管理人メール  投稿日:2009年 8月26日(水)14時14分6秒
  甲州街道ルートの件について、これまで問題意識をもったことがなかったので、新鮮なご質問でした。そんな次第で、きちんとした回答ができず申し訳ありません。

「アレ! 何で」は確かにたくさんありますね。特に田舎でごく普通に見られるのが、駅が街外れにあるところが多いという点。旧街道筋が街の中心部を通過しているのに、鉄道は街の周辺を迂回するように通過して結果的に駅も街外れにあるという話。近年の再開発で、駅の正面口は旧市街地に面していて、裏口?が新市街地に面しているというところも珍しくないというか、むしろ当たり前の姿かも知れません。
原因を調べてみると、鉄道側の建設資金不足で市街地中心部への乗り入れを断念せざるを得なかったという事情も多いようですが、住民が鉄道を嫌ったという今から見れば奇妙な理由(特に明治期に建設された古い路線で)も結構見られるようです。

政治的な背景については、明治維新時の官軍側と賊軍(朝敵)側のどちらに該当地域の藩がついていたかは明らかにあるでしょう。賊軍(朝敵)側あるいは官軍に非協力的だった藩は、懲罰的な対応を受けたのは明らかです。新政府の役人になれなかった(出世できないのも含め)とか、学校など公共投資が後回しになったとか、県名で差別的な扱い(旧藩時代の地名を使えなかった、県庁所在地が旧藩主居城とは別の場所になったとか)もあったようです。
山梨県がある地域も、確か非官軍側だったはずで、甲州街道ルートが検討もされなかったというのにはそういう背景もあったかも知れません。ただ、鉄道というのは国家統一の要でもありましたから、非官軍側地域の鉄道建設を後回しにするよりは、むしろ鉄道を敷設して中央政府の威光を示し睨みを利かせる(反乱の予兆があれば鉄道で鎮圧軍を迅速に送り込む体制)考え方もあり得たとは思います。このあたりは不勉強で、あくまでも私の想像にすぎませんが。
 

質問のお礼

 投稿者:縄文人メール  投稿日:2009年 8月25日(火)10時23分34秒
   忙しい中、変な質問への回答有難う御座います。
 地図を見ていると、日本各地に「アレ! 何で」と思われる箇所が有ります。歴史的背景を合わせて調べると、「チョット待てよ。何故」と云う箇所を見つける事が出来ます。こんな 疑問への回答、今では資料も無い中での回答有難う御座います。
 小生 こんな些細な疑問を旅の課題としています。その土地の神社・お寺とか古老とか駅前の飲み屋で聞くと、意外(笑っちゃう様な答えに対して、話す方も「信じられなしが」としながら、話してくれます。時には 当時の村人(村長か知らないが)の決定に腹を立てる場面も有ります。)な回答に驚きが有ります。
 今回の疑問はルートが大き過ぎ(東海道と東山道にまたがる)て、縄文時代の土器技術の流れ、江戸期の甲州と云う大国の無視にも反していて、政治的問題も絡んでいるのでは?と、疑問が解釈しないでいました。
 変な質問への回答、有難う御座いました。
-以上-
 

re:教えてください

 投稿者:管理人メール  投稿日:2009年 8月20日(木)17時09分42秒
  >縄文人さん
「碓氷峠の難所に鉄道を通した理由」というよりは「通さざるを得ない結果になった理由」としたほうが正確かと思われます。
ご存知のように、当時、東京-京都間に幹線鉄道のルート選定に難航していました。有力候補の筆頭は東海道ルートだったのですが、主として国防上の観点から中山道ルートが浮上し、その過程でやむを得ず碓氷峠がルート上にあたってしまったというのが一般的な説明ですね。ちなみに、甲州街道ルートも当時検討されたという話は知りません。

当時の街道事情では、東京-京都ルートとしては五街道のうち東海道と中山道が該当します。当時の通行量、通過する都市からいって、この2ルートのいずれかにするのが合理的であったものと思います。我が国を縦断する初の幹線鉄道ですから、距離よりも、通行量や通過する地域の重要性を重視したのでしょう。鉄道に対する理解が不十分だった頃でもあり、最短距離を結ぶという発想はなかなか難しかった時代でもあります(今も残る不自然なルートはその名残が少ないようです)。そこで、何百年に渡り我が国の動脈だった主要街道に沿って鉄道建設すれば、通行の需要も十分見込めるし、既にある重要地域や都市を通過できるし=国防上でも重要、沿線の反対も少ない、そういうことで東海道と中山道の二択になったのでしょう。

地形の問題ですが、中山道ルートは碓氷峠に代表される急峻な山岳地帯、一方、東海道ルートは比較的平坦ではありますが大井川など大河川が複数点在しています。長大トンネルはもちろんですが長大橋梁建設についても未経験な頃であって、現代の私達が思うほど東海道ルート「圧勝」というわけではなかったものと思います。
なお、浅間山は活発に活動する火山ではありますが、碓氷峠にまで深刻な被害をもたらしたことは近世以降はあまりないはずですし、噴火爆弾というほど危険な山でもないと思いますが。「東海道」か「中山道」か、しかし一日も早く幹線鉄道を全通させなければならないということもあって、当時の予算と技術力でできるところから建設したわけです。中山道ルートも同様で、碓氷峠の最終ルート決定前に千曲川沿いに軽井沢まで南下する区間の建設が進んでいました。浅間山のことを考えれば、より南方へ迂回して下仁田へ抜けることも不可能ではなかったとは思いますが、当時としては選択肢に入らなかったのでしょう。

甲州街道ルートでも艦砲射撃から逃れることができるというのはその通りです。確かに軍部に艦砲射撃に対する懸念があったことは事実(諸外国の一部から、東海道ルートは海運で十分で縦断鉄道は中山道ルートだけで十分とする提案もあったようです。軍部とは別の観点で、興味深いものです)ですが、中山道ルートが浮上したのはそれだけの理由ではありません。それは上記に述べた通りです。軍部は、艦砲射撃問題は重視しつつも、戦略拠点間の輸送力をも要求していましたから。

知ったかぶり?をお助けするような回答ができず、すいません。
 

教えてください

 投稿者:縄文人メール  投稿日:2009年 8月19日(水)09時40分9秒
   前略
 碓氷峠の難所に鉄道を通した理由が不明です。教えて下さい。
 東海道ルート、中仙道ルートと2案あったのは良く耳にしますが、何故 現在の中央線ルート(甲州街道ルート)が検討されなかったのか?検討したのならば、採用しない理由が知りたいのです。単純に考えると、中仙道の諏訪湖より甲府に出た方が距離は短く、また 浅間山と云う噴火爆弾の危険の横を通る必要が有りません。そして 良く聞く理由の艦砲射撃回避説にも対応可能に思えます。
 素朴な質問ですが、よろしくお願いします。(チョット知ったかぶりしたい為)
-以上-
 

碓氷峠鉄道文化むら開園10周年記念式典の様子を掲載しました。

 投稿者:管理人メール  投稿日:2009年 4月30日(木)01時08分16秒
  4月18日に行われた碓氷峠鉄道文化むら開園10周年記念式典ならにに同日より開始された記念イベントの様子をニュースページに掲載しました。
記念イベントは5月末(主として土日祝日)まで行われますので、この機会に是非お出かけください。
 

少しずつ更新しております

 投稿者:管理人メール  投稿日:2009年 1月26日(月)15時19分4秒
  昨年末の碓氷峠の様子、ニュースページに追加してあります。
100年に一度の大不況のおかげ?で数年ぶりに少し暇になったのを幸い(本当は困っていますが)、少しずつ内容を更新しております。更新内容などでご意見がございましたら、この掲示板あるいはメールでお寄せください。お知恵を拝借できれば嬉しいです。
 

本年もよろしくお願いします。

 投稿者:管理人メール  投稿日:2009年 1月 9日(金)00時45分49秒
  本年もよろしくお願いします。遅い新年のご挨拶になりすいません。
連日の出張と打合せで、気がついたら新年2週間目になろうとしていました。

昨年末、出張の帰途、久しぶりに碓氷峠を散策しました。その時の様子は近日中にニュースページに掲載する予定です。目新しい情報はあまりありませんが、現地に行く時間がとれない人のご参考にすこしでもなれば幸いです。
 

(無題)

 投稿者:管理人メール  投稿日:2008年 4月22日(火)17時39分17秒
  >としかず様
投稿規程にもあります通り、メールアドレスは必ず入力してください。投稿内容に鑑み今回は削除しませんが、次回からは投稿規程を必ず守ってください。

その上でお問合せの件について簡単ではありますがお答えします。
まず展示車両の「特徴」につきましては、鉄道文化むら公式サイトならびに弊サイトの文化むら案内ページを先にご覧ください。その上でさらに疑問点などございましたらご質問ください。(特徴に関しては両サイトで詳しく説明してあり、かつ内容も多岐に渡るのでご理解ください)

「ミドコロ」につきましてはいろいろな考え方があるとは思いますが、管理人個人の意見としては、

1.EF63形電気機関車の動態保存・運転体験。本線用大型電気機関車の動態保存ならびに常時運転、運転体験はわが国唯一のみならず、海外でも非常に珍しいと思います。
2.トロッコ列車「シェルパくん」。展示車両ではありませんが、碓氷峠の急勾配を体験できる貴重な列車です。是非ご乗車ください。
3.碓氷峠専用車両の特殊装備。鉄道展示館内のEF63、EF62は運転室内も見学できますし、実物の運転台を使った運転シミュレータもあります。またアプト式ED42の台車構造を見学できます。

以上の3点があると思います。
屋外展示スペースの車両も貴重なものばかり(EF63とEF62の1号機も展示されています)です。「ミドコロ」につきましては幣サイトでも記述しておりますのでご参照ください。
 

教えてください。

 投稿者:としかず  投稿日:2008年 4月20日(日)06時03分6秒
   始めまして、GWに鉄道文化むらに行く予定です。6才の息子の影響で鉄道ファンになりました初心者です。
 文化むらの展示車両について「ミドコロ」や「特徴」など教えていただけたらと思います。過去に同様な書き込みがあったかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。
 

最近ご無沙汰です

 投稿者:川越線メール  投稿日:2008年 3月31日(月)17時26分26秒
  最近、鉄道雑誌でよく「碓氷峠鉄道文化むら」の記事を目にします。
地味に頑張ってるんですね。それらが影響してなんでしょうか、運転体験の予約がナカナカ取れません・・。
大宮の鉄道博物館の人気に負けることなく、頑張ってもらいたいと思ってる私にとって、予約が取れない程に混んでて人気があるのは、嬉しいことなんですが・・・。
まぁ運転体験の方は、こちらの都合と、空具合いをみて、行けるのを楽しみにしてます。
どこの施設よりも劣ることなく、碓氷峠を応援してます。今後も末永く、大勢の人が集まれる施設として頑張って下さい。
 

投稿規程違反につき削除させていただきました

 投稿者:管理人メール  投稿日:2008年 3月21日(金)22時36分46秒
  管理人です。

当掲示板の投稿規程<メールアドレスは必ず正しくお書きください。>に違反し、かつ内容が全く意味不明で閲覧者に不快の念を与える惧れがある投稿がありましたので、削除させていただきました。
 

なるほど

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年12月 7日(金)12時09分47秒
  >しなの様
しなの鉄道としても関心はもっているということなんでしょうね。
(横川-軽井沢間の線路敷地は安中市の所有となっているはずなので、しなの鉄道が直接どうにかできるわけではもちろんありませんが・・・)

それとメールアドレスは必ず入力してください。
 

(無題)

 投稿者:しなの  投稿日:2007年12月 5日(水)03時32分58秒
  http://www.shinanorailway.co.jp/htbin/treebbs_img.cgi/etc/?display=10&immediate=1
しなの鉄道HPにこんな表示が
 

投稿規定違反につき削除させていただきました

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年10月18日(木)20時19分44秒
  管理人です。

当掲示板の投稿規程<商目的もしくはそれに該当する宣伝はご遠慮願います。>に明らかに違反する投稿がありましたので、投稿者には申し訳ありませんが削除させていただきました。投稿者の会社ならびに事業に対してはいかなる悪意もございません。当掲示板の投稿規程に反するという一点のみが削除理由ですので、ご理解ください。

なお、管理人が長期出張中だったため、結果的に一週間以上に渡り規定違反を放置してしまった形になったことについてお詫び申し上げます。
 

個人的昔話

 投稿者:オジオジオメール  投稿日:2007年 7月22日(日)18時52分38秒
  碓氷峠ですかぁ~……懐かしいですねぇ~。
長野新幹線が無かった時代、そう今から三十五年以上前、
JRがまだ国鉄と呼ばれていて信越本線絶好調の頃、
上野から妙高高原へ毎年冬の季節に家族で行きました。
スキーシーズンのためなかなか特急列車の指定席切符が買えず、
連日みどりの窓口で両親と一緒に並んだこと。
横川駅に列車が着くと、今は亡き父が家族のために釜めしを買いに走ったこと。
などなど走馬灯のように思い出が頭の中を駆け巡ります。

是非とも復活してもらいたですねぇ~。
 

軽井沢での動き

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月 7日(木)07時44分36秒
  軽井沢駅構内で再開発工事の動きがあったようです。最新状況についてはニュース等で後日ご報告するつもりです。
鉄路復活構想の障害とならないか心配です。
 

(無題)

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月 7日(木)07時42分22秒
  あいかわらず多忙にかまけてHPの更新が滞ったままで申し訳ありません。

>川越線様
11号機12号機については運転体験で既に稼動しております。
動態保存&運転体験用のEF63は4両になったわけで、車両維持面、動態保存線の景観面で好ましいと思います。(欲を言えば二次形でも1両・・・長野にいるものから?・・・などとは思いますが、これは碓氷ファンの戯言でしょうね)

>通りすがりの正義の味方様
メールアドレスの件、ご理解いだたきありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

碓氷峠鉄道文化むらの入園者数ですが、公式HPで公表されている数値によれば累計165万人です。開園が1999年4月ですから、年間平均20万人強といったところでしょうか。

運転体験、ぜひやってみてください。運転体験ルポ、現地訪問ルポの投稿なども歓迎いたします。
 

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